医療法人社団公和会 名倉整形外科

医療法人社団公和会 名倉整形外科

名倉 武雄院長

頼れるドクター

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日本橋のオフィスビル7階にある「名倉整形外科」。江戸の骨接ぎを先祖に持ち、明治や大正に書かれた小説にもその名前が出てくるという歴史あるクリニックだ。オフィス街の中の整形外科は開設当時は珍しく、先代院長が留学先のドイツの様子を参考にして思い立ったという。洗練された院内は近隣に勤める人たちでいつも混み合い、2代目の名倉武雄院長のもと、明るく元気なスタッフがテキパキと立ち働いている。江戸っ子らしく歯切れのいい院長に、名倉の歴史と今を語ってもらった。
(取材日2018年2月22日)

江戸の骨接ぎの時代から続く歴史あるクリニック

―「江戸の骨接ぎ」の時代から続く、たいへん歴史のあるクリニックと伺いました。

先祖の名倉直賢は1750年に生まれ、20歳ぐらいで医療を始めたといわれています。といっても当時は医師免許などない時代で、直賢は武道の達人だったそうなので、柔道の修復師のように外れた関節を元に戻すのが巧みだったのでしょう。千住に今でいう接骨医院を開き、患者さんがあふれるほどたくさん来ていたそうです。その後曽祖父の時代に西洋医学の医師となり、8代目の僕に至ります。今の場所に開業したのは父で、その意味では僕は2代目になりますが、日本橋で50年近く患者さんを診てきました。「名倉は看板要らず」というのが家訓の一つで、町のそば屋のように、大きな看板を掲げなくても皆さんに来ていただくのを良しとしてきました。

―今も変わらない精神として受け継いでいることはありますか?

下町気質というのか、ざっくばらんな江戸っ子というところはありますね。祖母が「名倉は町医者」とよく言っていたのですが、確かに父も僕もずばっとものを言うタイプです。「腰が痛いのはそりゃしょうがないよ」と父が言うと、患者さんも「そりゃそうだけど、それを言ったらどうしようもない」と返す感じでした。医療は日々進歩して、治療法や薬は新しくなっていきますが、患者さんと接するハートは変わってはいけないと思っています。例えば、最近の若い医師の中には、診察していても患者さんに目を向けず、パソコンの画面ばかり見ている者もいます。でも、まずは患者さんと話をすることを大事にして、カルテは合間を見て書くようにしたい。そういった人と人との関わり方は、どれだけAIや電子化が進んでも変わらないと思います。

―オフィス街の整形外科ですが、患者さんはどういった方が多いのでしょうか。

ほぼ、この周辺にお勤めの会社員の方です。年齢層でいうと30〜50代の方がほとんどで、週末に運動をしてケガをしたとか、通勤途中で転んでケガをしたといった方が多いですね。ですからずっと同じ患者さんが通われているというより、ケガした方はどんどん治って、また別の患者さんがいらっしゃるというクリニックです。



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