山嵜 武 院長の独自取材記事
中野通りやまさきクリニック
(中野区/中野駅)
最終更新日:2025/11/14
中野駅から徒歩5分、若者から年配者まで多くの人が行き交う中野通り沿いに「中野通りやまさきクリニック」がある。長年この地で診療していた精神科クリニックの院長から、2025年4月に診療を引き継いだのは、「セラピストと患者さんは、結局は人対人なんです」と語る山嵜武院長。精神科救急を含め幅広い経験を積み、日本や米国ニューヨークで心理療法を学んだ専門性を持ちながら、経済的事情を考慮して保険診療を中心に据える。診察中はパソコンよりも患者に向き合い話すスタイルで、限られた時間でも共感的に寄り添う診療を実践している。多様化する時代における対話の価値を語る山嵜院長に、診療への思いを聞いた。
(取材日2025年9月30日)
患者に寄り添う診療を、保険診療の枠の中で最大限に
クリニックを継承された経緯をお聞きします。

もともとここで診療していた前田クリニックの前田健二郎先生とは東京医科歯科大学(現・東京科学大学)医局の先輩後輩という関係で、精神科の中でもサイコセラピー、いわゆる心理療法や精神分析といった日本ではまだマイナーな分野を専門にする同志でした。勉強会などで顔を合わせるうちに出身が同じ九州で高校も同じだとわかり、交流が深まっていきました。ずっと勤務医として働きながらカウンセリングも行っていた私は、このまま勤務医を続けるか、開業するか考えていました。そのような時期に継承という選択肢をいただけたのは本当にご縁だったと思います。前田先生も以前からの患者さんの診療を続けています。
精神科救急の現場から保健所まで幅広い経験を積まれた理由はなんでしょうか?
初期は国立精神・神経センターや東京都立広尾病院などで精神科救急を経験し、その後も精神科病院に勤務し訪問診療を立ち上げたり、保健所の相談業務に携わるなど、精神科医として役立てる現場をいろいろ経験してきました。急性期や重症例にも対応できる基本的な力を身につけた上で、じっくり話を聞くサブスペシャリティーも持っています。9割はなんでも屋として、1割はカウンセリングの専門性を生かす、というバランスを意識してきました。勤務医時代の研鑽を経て、今も同じ思いで患者さんと向き合っています。
保険診療を中心にされていると伺いました。

今の時代は経済的な事情もあり、自費診療を受けられる方は限られています。また、日本にはカウンセリングの文化はいまだしっかりとは根づいていません。ですので、カウンセリングを主軸とするよりも、カウンセリングで培ったエッセンスを短時間の保険診療でも生かし、より多くの方に届けたいと考えました。限りある診察時間の中で、パソコンに向かうのではなく、患者さんのお顔を見て誠実に向き合う姿勢を大切にしています。保険診療内でも最善を尽くすことが地域の精神科医としての使命だと考えています。その一方で、自分自身もカウンセリングを受けた体験から、ご希望の方には長時間のカウンセリングの枠も設けてあります。
選択肢の多い時代に、自分らしく生きるヒントを
心理療法を学ぼうと思ったきっかけはなんでしょうか?

大学病院で最初に担当した若い摂食障害の女性との出会いがきっかけでした。摂食障害は薬だけでは改善が難しく、生きづらさを抱えている方にどう寄り添ったらいいのか、診断と薬以外のツールが必要だと痛感しました。精神科医は話を聞くのが上手というイメージがありますが、実は大学ではそういうトレーニングはあまりないんです。薬の出し方や診断の仕方がメインで、カウンセリングを学びたければ自ら外で学ぶ必要がありました。認知行動療法などさまざまな方法がありますが、私は良い師匠にも巡り会えて精神分析を学び、米国に留学する機会にも恵まれました。ただ、私は精神分析の専門家になりたかったわけではなく、悩める人に寄り添う手段の一つとして身につけたかったんです。治療のツールは多いほうが患者さんにとって最善だ、という考えは今も変わりません。
診療で最も大切にしていることは何ですか?
ニューヨークで学んだ「セラピストとクライアントは結局、人対人」という考えを大切にしています。医師と患者という立場の違いはありますが優劣関係ではなく、2人の人間が真剣に問題について一緒に考えていく関係です。私はプロとして知識や経験を提供しますが、一方通行ではなく、患者さんと相談しながら困っている状況をどうしていくか一緒に考える伴走者でありたいと思っています。だからこそ、患者さんが話しやすい雰囲気をつくることを心がけています。木目の温かい内装やアロマの香りも病院らしくない安心できる空間づくりの一環です。
多様化する時代の悩みにどう対応されていますか?

選択肢は多いけれど、その中で自分がどうあるべきか見失っている人が多いように感じます。私自身、趣味のトレイルランニングで日本で暮らす外国人と交流したり、アメリカ留学の経験もあるため、多様な生き方にふれてきました。一つの型にはまらなくても生きていける、そういう視野の広さを少しでも伝えられればと思います。当院には高校生から高齢者まで精神疾患だけでなく進学や職場、家族、友人、恋愛の悩みで来る方もいます。「こんなことで受診していいのか」と思わず、気軽に相談していただきたいです。
心身のバランスを保ち地域に開かれた場をめざす
休日はどのように過ごされていますか?

トライアスロンやトレイルランニングなど、自然の中で体を動かすようにしています。私は心と体のバランスが大切だと考えており、自分自身もそのバランスを整えることを目的として運動しています。山を走ったり自然の中にいると自分自身が解放された気分になり、癒やされるんです。それに、健康で生き生きとしている医師のほうが、患者さんも少し話しやすくなるのではないでしょうか。とはいえ、熱血体育会系ではないのでご安心ください(笑)。
今後の展望をお聞きします。
心の不調と併せて体の不調がある場合は気兼ねなく相談できるクリニックにしていきたいですね。私が、責任を持って診ていくことはもちろんですが、より専門的な治療や社会資源が必要な場合は、信頼できる仲間や地域のネットワークに適切につなぐ、そういう連携も大切にしています。地域の方に当院のことをもっと知っていただき、活用してほしいですね。中野という場所は、学生から働き世代、年配者まで集うエリアです。世代や性別を問わず気軽に相談できる場になれればと考えています。
最後に読者へのメッセージをお願いします。

「悩みや思いを人に話してみるのもいいものですよ」と伝えたいです。AIに相談するのも一つの方法ではありますが、心の通った会話には独特の目線や息遣い、その場の空気感があります。それは人対人でしか体験できません。昨今は情報過多で何を選択すればいいかわからず悩む方が増えています。でも一人で抱え込まず、「こんなことで相談していいのかな」と思うようなことでも話しに来てください。限られた時間でも共感的に聞き、あなたが困っていることに一緒に向き合っていきます。そして、そのときのベストな答えを一緒に見つけていきましょう。ここに来て少しでも気持ちが楽になった、心が軽くなったと思ってもらえるような、そんな場所でありたいです。

