大塚歯科医院

大塚歯科医院

大塚 仁 院長

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外苑前駅・表参道駅からともに徒歩7分ほど、街中の喧噪から少し離れた場所に位置する「大塚歯科医院」。大正12年に大塚仁院長の祖父がこの地で開業して以来、院長で3代目となる歴史あるクリニックだ。アットホームな雰囲気の医院には、取材中にも「予約を取りたい」と2人も患者さんがふらりと立ち寄って来られた。院長の気さくな雰囲気からも、地域の患者に愛されている一面が垣間見えてくる。多忙なスケジュールのなか、診療に対する思いや趣味などまで院長にお話を伺った。
(取材日2013年6月10日)

工作少年から、クラブに明け暮れた大学時代

―こちらのクリニックは90年も歴史があるのですね。

祖父が大正12年にこの地で歯科医院を開業したのがはじまりで、私で3代目になります。医療が身近にある環境で育ちましたので、将来は跡を継ぐのかな……と子どもの頃から意識はしていました。しかし父が院長だった時代は歯科の数が少なく、青山にも数軒しかありませんでした。そのぶん患者さんはあふれていて、毎日朝食をとってすぐに診察に向かい、夜中まで休まずに診察をして帰ってくる父の姿を見ていてると、意義のある仕事だなと思う一方、生半可な気持ちでは務まらないことも理解していました。また医科への興味もあったので、大学は医科・歯科ともに受験しました。なんとか現役で合格できたのですが、合格した医科は地方の大学だったんです。両親からは「自宅から通える医科に行くなら浪人しても良い」という条件がつき、浪人して医学部をめざすか、合格した歯科大学に行くかで非常に悩みました。最終的には歯科大学を選択しましたが、実際に勉強を始めてみると非常に自分に向いていると感じるようになったんです。

―どのような部分でそれを感じられたのですか?

技工物を作ったり、細かい作業がとても得意でした。もう時効ですから申し上げますが、実習で友人の技工物をこっそり作ってあげたりもしましたね(笑)。思い返してみると、私は小さい頃から時計やラジオを解体したり、工作や絵を描いて遊ぶのが好きな子どもでした。歯科医師は手先がある程度動かないとできませんし、また審美的なセンスも欠かせませんから、そういった部分も持ち合わせていたのだと思います。大学の医局にいた頃も、教授が論文や学会発表の時に使う、シェーマという医学的なイラストのようなものを頼まれて描いたりもしていました。

―現在もご趣味で絵を描かれるのですか?

最近は自分で描く時間がないので、もっぱら鑑賞です。子どもが小さい頃はよく旅行にも出かけていて、パリに1週間行った時などは、朝ホテルを出たら妻子とは別行動で、私は1日中いろんな美術館を巡るという、家族旅行だか何だかわからない旅もしました(笑)。今も散歩がてら都内の美術館に行ったり、観たい展覧会があれば名古屋あたりまでなら日帰りで出かけることもあります。また大学時代は美術部のほか、馬術部にも入っていました。もともと動物好きでしたし、馬術部がある大学も少なかったので、せっかくだからと入部したら、いつのまにか主将や全国の医科歯科薬科リーグの幹事長になっていて、クラブに明け暮れる毎日でした。馬術部は花形のような印象があるかもしれませんが、実際は馬のお世話が8割くらい。朝は夜明けとともに馬小屋を掃除し、馬の手入れをして……とずっと馬と一緒に過ごした6年間でしたね。しかし馬術部時代に出会った全国各地の医師たちとは、よき友として今でも交流がありとても良い思い出です。



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