医療法人社団秀徹会 武藤クリニック

医療法人社団秀徹会 武藤クリニック

武藤 徹院長

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目黒駅からすぐ、目黒通りに入った所にある「武藤クリニック」。武藤徹院長は、日本医科大学付属病院での勤務を経た後、1994年にこの地で開業し、2018年の2月にはJR目黒駅前の目黒セントラルスクエアに移転。医院には幅広い医療器機も備えているが、何よりも重視しているのは「視触打聴診」によって患者が抱える症状の原因の糸口をつかむこと。メディアに出演したり、学校医、産業医活動などで医療の情報提供にも積極的だ。24時間365日医師でありたいという熱い思いを持ち、今でも見習うべき先輩たちの背中を追っているという。そんな武藤先生に、地域の印象や医師として大切にしていることなどを語ってもらった。
(取材日2017年9月25日/情報更新日2018年2月25日)

小学生の頃に読んだ野口英世の伝記が人生を変える

―先生が医師をめざすことにしたきっかけは何ですか?

きっかけは小学校3年生の時に読んだ野口英世の伝記でした。当時僕は、新しい本が読めるからという理由で学校の図書委員になったんです。「新しい本が入ったよ」と言われ渡された箱を開くと、世界の伝記シリーズ全集46巻。新しい本がうれしくて全部読み、多様な職業伝記にふれた時、特に印象に残ったのが野口英世の伝記です。僕は医師の家系で育ったわけではありませんが、大きくなったらケガや病気を治す医師になりたいと思いました。実は入試の面接で「医師をめざすきっかけは?」と聞かれ、同じように答えました。あまりにベタな答えで笑いがまき起こり極度の緊張がほぐれホッとしたところ「野口英世はどこの医学部か知ってるか」と質問が続き、答えられず真っ青になりました。その場で日本医科大学卒業生と知り不思議な縁を感じましたね。

―開業された理由を教えてください。

麻酔科入局後、全身管理を修得し救命救急センター配属となりました。センターは、各科の専門家がグループ長となった、多数のグループによるバックアップ診療体制が十分とれた厚みのある組織です。はじめの3日で、「1ヵ月分働いたー」と空を見上げたくらい充実した病棟でした。救命センターの回診時には、圧迫感を与えないよう、患者さんの目線の高さまでしゃがんで診察しているグループ長がおり、その背中に本物の患者目線を学びましたね。その後開業医となった今、われわれが通院、往診を問わず積極的に急病人を診ていけば、いきなり救急病院に駆け込む症例が減り救命救急センターの先生やナース・救急隊員の疲弊を減らし、本来の重症患者対応の3次救急に専念できると考え、日夜自転車で駆け回ってます。

―患者さんの印象はどうですか?

目黒は住宅街とオフィスが共存しているので、学生さんから働き盛り・高齢の方と幅広い方々に来ていただいています。中には紹介でいらっしゃる方も多いです。具合がなかなか良くならないとき、職場の上司やよく行く店の店長など身近な方に相談して来院されていますね。ありがたいことに長く通っていらっしゃる方も多く、22年前の開業月に来院した方が今でも50名ほど通い続けてくれています。当初は知人が0人の状態からスタートしたのですが、今では顔見知りが増え、往診で回っていると街中で声をかけてくれます。先日、幼稚園から小学校まで度々来院していた方が、「医学部に合格しました」と報告しにきてくれました。私が昭和40年代に診ていただいた小児科の先生に、兵庫県西宮市まで合格報告に行った経験と重なりたいへんうれしかったです。



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