大井 裕子 院長の独自取材記事
おおい在宅緩和ケアクリニック
(小金井市/東小金井駅)
最終更新日:2026/08/07
東小金井駅から徒歩6分の閑静な住宅街に「おおい在宅緩和ケアクリニック」がある。院長の大井裕子先生は、桜町病院でホスピスを創設した山崎章郎医師に師事し、17年にわたり緩和ケアの実践を積んだ緩和ケアの専門家。「これから最期を迎える方に何もできないわけではなく、たくさんできることがある」と語る大井院長は、じっくり聴くことを基本に、患者の食べたい気持ちや自宅で暮らしたいという希望に最期まで寄り添う訪問診療を行う。今後の過ごし方を患者と共有できるよう、先生が考案した現状確認ツールIMADOKOにこれからの見通しを整理し、患者の望むタイミングでケアを届けるために役立てる。大井院長に、対話と伴走を軸にした緩和ケアへの思いと今後の展望を聞いた。
(取材日2026年7月6日)
ホスピスで培った経験を在宅緩和ケアへ
先生が在宅医療や緩和ケアの道に進まれたきっかけを教えてください。

緩和ケアという言葉が医療の中に少しずつ聞こえ始めた2000年頃、独学で実践してはいたのですが、きちんと現場に入って学びたいという思いが強くなり、東京に移ることを決めました。転機になったのは、聖ヨハネ会桜町病院でホスピスを創設された山崎章郎先生の存在です。先生にお手紙を書き、ホスピスで仕事がしたいとお伝えしたところ、ご縁を頂くことができました。2006年から2023年まで桜町病院のホスピスに勤務し、多くの患者さんやご家族の看取りに関わりながら緩和ケアの実践を積み重ねてきました。そしてその経験を生かして在宅で緩和ケアを実践することになりました。
ホスピスでは、どのようなことに向き合ってこられましたか。
ホスピスは一般の病院より生活に近い場所ですので、患者さんとの関わり方や、そばで見守るご家族との向き合い方を、たくさんの看取りを通して学びました。ホスピスに来られる方は、それまでの医療への心配事や、さまざまな思いを抱えています。そこをじっくり聞き、かなえられなかったことをまだできるタイミングでサポートしていくことが大切だと感じてきました。これから最期を迎える方へ何もできないわけではなく、症状の緩和を図ったり、厳しい状況の中でも食べたい気持ちを支援したり、できることはたくさんあります。私たちの理想に合わせるのではなく、患者さんがどんなふうに過ごしたいかを聞きながら、その希望に沿って一緒に伴走していく。そこにこそ、この仕事の意味があると思っています。
現在のクリニックでは、どのような体制で患者さんを支えていますか。

当院は訪問診療を中心としたクリニックです。加えて、17時から18時に予約制の外来枠を設けているのは、将来的に訪問診療を希望される方がまず相談に来られる場であったり、まだ緩和ケアという言葉に抵抗がある方が外来でお話しするところから始められるようにという意図があります。がん患者さんのご家族の相談にも対応しています。また、夜間も含めて私自身が一貫して対応する体制をとっています。事前にさまざまなことをお話しし、こういう場合にはこんなことをして見ましょう、この薬を使いましょうといった準備を早めに整えておくので、実際に夜間出動が必要になるのは、ほとんどが最期のお看取りの時だけです。そうした先を見通して備えをしておくことで、患者さんもご家族も安心して過ごせるよう心がけています。
「食べたい」思いを最期まで支え患者の希望に伴走する
緩和ケアは、どのような方が受けられるものなのでしょうか。

緩和ケアはがんと診断された時から受けられるものです。特にがんの治療中から関わりを持つことを大切にしています。治療が終了するとそれまでの主治医との関係が途切れてしまい、不安になる方が多いからです。まだ治療中の段階で私のところに来ていただき、この先にどのような関わりができるのかをお話ししておくことで、治療の終了後にも安心して過ごせるようにしています。また、日本では緩和ケアはがんに対するケアとして広がってきましたが、対象はがんだけではありません。現在は腎不全や心不全、呼吸器の疾患なども対象になっています。認知症や神経難病の方にも必要なケアと考えられており、がん以外の疾患については各科を専門とする医師と連携しながら、必要なサポートを在宅チームで行っています。
診療で特に大切にされていることを教えてください。
大切にしていることは4つあります。じっくり聴くこと、きめ細かく症状緩和を図ること、食べたい気持ちを支えること、そして自宅で暮らしたいという希望をできる限りかなえることです。患者さんやご家族のお話は途中で遮らず最後まで聴くことを大切にしており、いつでも安心して相談できる場であるよう心がけています。また、自宅での看取りについて、ホスピスでの経験から、家でできないことはほとんどないと確信していますので、「家族と一緒に過ごしたい」「自宅で看取りたい」というご希望がある限り、どんな状態でも受け入れるようにしています。
「食べたい気持ちを支えること」について、詳しくお聞かせいただけますか?

がんの末期に体調が悪化してできることが減っても、食べることは最後まで楽しみとして残りますよね。本人に食べたいという気持ちがあるのにそれを止めてしまうのは、その方が食べられないまま亡くなることを意味します。「食べることを諦められない」という患者さんに出会い、いろいろ試行錯誤しながら、医学的な判断で「食べることが難しい」と言われていても少しずつ工夫をすれば食べられることがわかってきました。そのような方々を私は支えたいです。一口でも一緒に味わいおいしいと言ってくれた経験は、残されたご家族にとっても大きな意味があると思うのです。最近食べられなくなったという高齢者にはできる工夫がたくさんあります。ですから、「食べる支援」を身近な環境で行えるようカフェで相談を受ける取り組みもしています。食べることが無理だと言われても少しでも食べたいと思ったら、ご相談いただきたいですね。
支える人も支え、地域とともに広げる緩和ケア
患者さんとこれからの過ごし方を話し合う際に、工夫されていることはありますか。

現状確認ツール「IMADOKO」を地図のようにながめながら、今後の見通しを共有し、これからのことを話し合うことです。このツールの出発点は、私がホスピスの外来で多くの方から「これからどうなるのでしょうか」と尋ねられた経験です。がん治療の医師から余命を数字で伝えられている方が多いですが、知りたいのは生活がどう変わるかということ。見通しをメモに書いて説明していたものを誰もが使えるよう見える化したのがこのツールです。在宅療養を支える医療介護チームと共有し、患者さんの望むタイミングでケアを届けるために活用しています。ただし、心の準備ができていない方にいきなり見せるのは信頼関係を損ねてしまうので、まず対話を重ね、タイミングを見計らうことが欠かせません。この点を丁寧に伝える勉強会も数多く行ってきました。対話が先にあってこそのツールだと考えています。
地域の方々に向けての活動にも力を入れているそうですね。
2014年から市民向けの講座を続けており、これまでに100回近く開催してきました。もともとは、ホスピスでの関わりや、在宅でもその人らしい看取りができることを知っていただきたいという思いから始めた活動です。現在は、がんだけでなく認知症や「食べること」などもテーマに取り上げ、人生の最終段階をどのように過ごしたいかを考えるきっかけづくりを大切にしています。実際に、講座に参加されていた方がお父さまを看取られた経験を共有してくださったこともありました。市民の皆さんが知識を得ながら、自分自身や家族のことを考える機会には大きな意味があると感じています。
最後に、今後の展望と読者へメッセージをお願いします。

今後は、緩和医療を専門とする医師として、地域で訪問診療をされている先生方にコンサルテーションという形で力添えをしていきたいです。がんの緩和ケアについては知見を蓄えてきましたが、腎不全や神経難病などの分野では各科を専門とする医師から助言を頂きたい場面もあり、双方向の連携体制を充実させていきたいですね。病院の先生方には、治療中の段階から患者さんをご紹介いただけるとありがたいです。また、病院で「食べるのは無理」「退院は難しい」と言われた方についても、ぜひ一度ご相談ください。関わり方次第で少しずつ食べられるようになることも見込めますし、ご自宅で過ごしたいという希望はできる限りかなえたいと思っています。

