土川 貴裕 院長の独自取材記事
訪問診療クリニック 笑顔
(札幌市東区/環状通東駅)
最終更新日:2024/10/01

札幌市営地下鉄東豊線の環状通東駅より徒歩1分の場所にある「訪問診療クリニック 笑顔」。長年住み慣れた自宅や施設で安心して過ごす手伝いをしたいというコンセプトで開業した訪問診療を柱とするクリニックだ。院長の土川貴裕先生は、日本外科学会外科専門医として30年のキャリアがあるベテランドクター。専門的ながん治療のみならず、患者を全人的に診ることができる医師像を理想とし、内科・消化器内科・救急医療の経験も豊富だ。デジタルデバイスを活用した多職種連携や遠隔医療にも積極的に取り組んでいる。病院への通院がかなわない高齢者が増加する社会課題を目の当たりにした経験を糧に、自ら開業した土川院長に、診療のポリシーや患者への思いなどを語ってもらった。
(取材日2024年8月5日)
豊富な実績を持つスペシャリストが挑む訪問診療
訪問診療を始められたきっかけを教えてください。

2021年に地元である函館市の実家近くに訪問診療クリニックができ、「医師が見つからないから週1日でも手助けしてほしい」とお声がけをもらったことが、訪問診療に関わることになったきっかけですね。そこから3年間は、北海道大学病院の勤務を継続しながら、週1回札幌から函館へ通いました。飛行機で朝向かい、函館で何人もの患者さんを診て、16時になったら札幌へ戻る生活です。そこで、病院に通えず医療を受けられない患者さんを目の当たりにしました。ある雪の日には、市電を利用したい足の不自由な方が、除雪していない歩道を自力で車いすで移動して、市電を待つために一段高くなっている安全地帯に上がることができずに待っている姿を見かけました。高齢者の一人暮らしも増えています。そうした社会ニーズをひしひしと感じたのですね。
開業の経緯を教えてください。
訪問診療に関わり始めて3年。自分一人では何もできませんから、ケアワーカー、医療ソーシャルワーカー、ケアマネジャー、看護師、薬剤師など、さまざまな職種との関わりの中で 患者さんを支える社会システムがあると、改めて気づくことができました。20年間勤めた北海道大学病院では、数々の研究やプロジェクトにも携わってきましたが、訪問診療の経験もあり、ICTを活用した患者支援の研究にも注力しました。例えば、多職種のスタッフとデジタルデバイスで連携を取ることで、一人の患者さんを複数の専門職チームでサポートするシステムの構築などです。多職種連携というコンセプトは昔から聞きますが、それを技術の力で実現できる時代になってきました。国もデジタル化を後押しする補助金など支援制度を多く出していて、そうした後支えもあり、2024年6月に自ら札幌で訪問診療のクリニックを開業することになりました。
北海道大学病院でのご経験について詳しくお聞かせください。

北海道大学病院はがん治療を専門とする医師が多く、遠方から4~5時間かけて治療を受けにいらっしゃる患者さんが多いのですが、「オンラインセカンドオピニオン」というサービスを始めました。地方の患者さんとオンライン上で診察をして、医師の意見をお伝えするシステムです。新型コロナウイルス感染症の流行下では感染リスクも減らせますし、交通費や宿泊費、付き添いなどさまざまな面で患者さんの負担軽減につなげたいと考えました。他には2022~2023年の2年間で、自治体からの補助も受けて「遠隔医療プロジェクト」を手がけました。北海道大学病院の医師と、北見・函館・浦川・稚内などの医師が、オンラインでカンファレンスをするものです。地方では年に1回しか出合わない病気でも、経験豊富な専門の医師に相談できるので勉強にもなりますよね。このように北海道全体の医療を考えたネットワークづくりに力を注ぎました。
満足できる人生を全うするためのサポートを
訪問診療にかける思いをお聞かせください。

北海道大学病院で20年間勤め、北海道内だけでなく全国や海外から来院された多くの患者さんを診てきました。大きな病院の医師として患者さんと接する中で、限られた診療時間では患者さんの思いをすべて聞くことができないジレンマがありました。また、外科的な一側面だけで患者さんと関わるのではなく、患者さんの生活の場やご家族も含めて、より全人的な医療を提供したかったのです。人間は最終的に病気が治っても治らなくても、寿命・余命があるので、いずれ亡くなる運命です。そうした状況をすべて受け入れた上で、医療者として私たちが関わり、満足のいく人生を全うしていただきたい。そんな医療を提供していきたいと思っています。
大切にしている診療ポリシーはありますか?
がんは進行したらほぼ治りきらないといってもいいので、病気を敵対視するのではなくうまくお付き合いするという考え方もあります。病気の怖さも知っている私たちですが、その怖さを感じないようにするための術も、幸い私たちは提供できます。いろいろな医療資源・社会資源の中で、治療一辺倒ではなくて、痛みを少なく導き、好きな物を食べながら、病気とうまくお付き合いして人生をお過ごしいただくという、療養ケアを提供したいです。最近のホスピスは、お酒もタバコもOKで、ペットも出入り自由のところも多いんですよ。あとは笑顔ですね。私は、患者さんとお会いした際に、必ず一度は笑顔になっていただくことを大事にしています。どんな状況でも、最後のワンスマイルで薬以上の有用性が期待できると信じているので。
どのような患者さんが多いですか?

一人の患者さんがいろいろな病気を持っていることが普通の状況なので、認知症で、がん・高血圧症・糖尿病があり、酸素も吸わないといけないなど、それぞれの患者さんに合わせた医療ケアを提供しています。北海道大学病院にも非常勤としてまだ勤務しているので、そこから当院にいらっしゃる患者さんもいます。全体の約半数は、がん患者さんですね。大きな病院でつらい抗がん剤治療などをして、治療の手立てがなく「自宅療養です」と言われた状況から、当院へご相談いただく方が多いです。ベストサポーティブケア(がんに対する積極的な治療を行わずに症状緩和のための治療のみを行うこと)といいますが、今できるより良い治療をしようということで、抗がん剤のがん治療一辺倒ではなく、痛み止めや吐き気止めを使った治療なども提案します。
目の前の患者の笑顔のため、前進し続ける
先生が医師を志したのはなぜですか?

高校時代に家族を病気で亡くしたことがきっかけです。病院へお見舞いへ行き、もう病気が治らない祖父を目にしました。一人寂しそうにしていたりする姿を見て、そうした人を支える職業に就きたいと考え、医師の道へ。大学時代は世界にも目を向けるようになり、災害時の支援や難民の救助などで医師団の事務所に通ったり、実際に海外の貧困地域に出向いたりする活動もしました。そうした現場では、トップダウンだけでなく一人ひとりのボトムアップも必要なので、幅広い分野を診られるような修行をしようと決意し、皮膚科・内科・小児科・麻酔科・産婦人科などで経験を積み、総合診療科の医師のようなスキル獲得をめざしました。10年間さまざまな地域の病院で経験を積んだ後、2008年から北海道大学病院へ。そこでの20年のキャリアの中では、神経内分泌腫瘍センター長も務めました。
訪問診療ではどのような治療を受けられますか?
医療を必要としているのに通院できない患者さんのご自宅や施設に出向き、在宅酸素療法や経管栄養法、中心静脈栄養、進行がんの疼痛・麻薬管理など 、今できる中での苦痛を伴わない治療を可能な範囲で対応します。また、患者さんの話をじっくりお聞きします。傾聴も診療の一つと考えているのです。医学用語でプラシーボといいますが、免疫や気持ちの力は大きいと考えられているので、話をして笑顔になって、人間が本来持っている力で病気と向き合っていきたいです。「先生、今日はもう治療はいいから、背中さすってください」といったご要望にもお応えしています。迷信みたいですが、寂しさが和らいで気持ちが晴れると治療にもいい影響があると思っています。
読者へのメッセージをお願いします。

デジタル化による多職種連携や抗がん剤に頼らないベストサポーティブケアなど、医療の世界ではまだ新しく、これから本格化していく展望も含めてお話しさせてもらいました。外科専門医として30年、臨床・研究・後進の指導などに尽力してきましたが、訪問診療の場では新参者の立場で、地域の皆さんに良い医療をお届けしたいと考えています。よろしくお願いします。