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医療法人社団 清慎会 かつた耳鼻咽喉科医院

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勝田 慎也 院長
頼れるドクター掲載中

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両親が築いた「かつた耳鼻咽喉科医院」を受け継ぎ、その快活な人柄で老若男女から圧倒的な人気を集めている勝田慎也院長。大学病院時代は鼻科学チームに属し、専門知識を養うとともに手術も数多く手がけてきた。現在は「患者の訴えの先にある心を読むこと」をモットーとし、患者一人ひとりに合った医療を提供している。診療において常にベストパフォーマンスを発揮できるようにと、毎朝40分のストレッチを欠かさないという勝田院長。医師になるまでの歩み、日々の診療のこと、今後めざす方向……口をついて出てくるのは、患者への思いやりにあふれる言葉ばかりだった。
(取材日2017年8月21日)

効果が目に見える耳鼻咽喉科の仕事にやりがいを感じて

―こちらはとても歴史のある医院だと伺いました。

僕の両親は同時期に東邦大学医学部附属大森病院(現・東邦大学医療センター大森病院)の耳鼻咽喉科に在籍していて、3年先輩だった母が先に雑色駅前に開業しました。それから5年後の1965年、たまたまこの土地が見つかって、2人で今の「かつた耳鼻咽喉科医院」を開いたそうです。僕自身は1990年に帝京大学医学部を卒業し、両親と同じく東邦大学の耳鼻咽喉科に入局しました。「あの先生の息子さん」という感じで常にかわいがっていただきました。そこで勉強を続けるつもりだったのですが、入局から10年ほどした頃、母から引退したいと相談を受けまして。大学病院に籍を置きつつ、当院の診療をメインに行うことになり、2017年7月に体調不良を機に急遽父が完全引退となり、今は私が中心となり後輩の女性医師3名に助けてもらいながら、2人体制で診療にあたっています。

―後を継いでからの印象はいかがですか?

東邦大学の耳鼻咽喉科は中耳炎、副鼻腔炎から、めまい、悪性腫瘍まで広範に診療を行っているところでした。しかも1990年は入局者が僕1人だったので、それはもう忙しかったのですが、その分、処置や手術をたくさん手がけられたんですね。あの時の経験が、当院での診療にとても役立っていると実感しています。この辺りは京浜工業地帯とあって、かつては町工場がたくさんありました。それが時代とともに閉鎖され、跡地に次々とマンションが建設されたため、患者さんの数は年々増えています。いまだ下町情緒にあふれ、皆さん何でも気さくに話してくださいますし、母の時代から2代、3代とご家族で通って来られる患者さんも多いんですよ。

―先生のご専門についてお聞かせください。

大学病院では鼻専門チームに所属して診療・研究に没頭していました。中でも鼻の手術は大好きでしたね。例えば、鼻の中には副鼻腔という大小さまざまな空洞があって、炎症を起こすと病的に閉じることがあります。手術ではその閉じた箇所を突き破って、本来の通り道を作ってあげるのですが、比較的効果が出やすく、患者さんに「鼻の通りが良くなった」と喜んでいただけるのがうれしいんですよ。悪い所を一掃する達成感もありますしね。それに耳鼻咽喉科全般の特徴として、神経疾患などを除けば視診がつきやすいという点が挙げられます。「喉が痛い」という訴えがあれば真っ赤になっているし、中耳炎も副鼻腔炎も目で見ればわかる。つまり迅速な診断と治療方針決定が可能ということです。これは医師としては非常におもしろく、やりがいを感じるポイントではないでしょうか。

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