新杉田やながわ眼科

新杉田やながわ眼科

柳川秀雄 院長

頼れるドクター

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「目は小さな臓器。さまざまな病気にかかる」ことを改めて実感したと、開業後を語る柳川秀雄院長。「新杉田やながわ眼科」はJR線新杉田駅、京急線杉田駅の両方に近い便利な場所にある。昔からの住宅地や商店街と新しい町とのバランスがいい地域だからこそ、患者の年齢は幅広く病気も多様なのだ。「さまざまな症状を治療するだけでなく、難しい病気を見つけるなど広く深い知識と経験が求められますね」と柳川院長。以前に勤めていた大学病院では専門の眼科医として重病患者を診療し、NICUで未熟児が失明する危機を幾度も防いできた。「子どもたちの小さな目を診療して磨いた眼科医の力を、皆さんの診療に役立てたいと思います」と、経験を生かして地域に貢献できる喜びを口にする。自身が大好きだという海を身近に感じる杉田地区で、一生続ける覚悟で診療に取り組む姿を取材した。
(取材日2013年9月11日)

大学病院の経験を地域医療に生かす診療を

―大学の病院に長くお勤めだったのですね。

ええ。医学部を首席で卒業した後、大学院在籍期間も含めて約8年、東邦大学の大森病院(現・東邦大学医療センター大森病院)で診療していました。私が所属した眼科の教授は「研究も大切だが、現場の経験も必要」という考えでしたから、研究と診療のどちらにも全力投球で本当にたいへんでしたね。しかしそのおかげでNICU(新生児の集中治療室)での未熟児網膜症のほか、緑内障、眼底疾患、白内障などさまざまな病気の診療を経験でき、同時に専門知識を深めることができました。例えば未熟児網膜症は、早産の赤ちゃんに起こりうる失明の恐れがある病気。治療のタイミングがシビアで、眼底検査による早く確実な発見が求められます。赤ちゃんの小さな目の眼底の所見を正確にとることは本当に大変なことでしたし、その子の一生を左右するだけに特に重い責任を感じる検査でした。このようにお子さんの小さな目を多く診た経験から、「正確な眼底検査で異常を発見し、適切に診療する」という眼科医の基礎能力が磨かれました。子どもの目は瞳が小さく、大人の目を検査するより、高度な見識や経験が必要になる分野だったので、そういった当時養われた見識や経験は、この地で開業して大人の患者さんの糖尿病網膜症や網膜剥離の患者さんを診るときなどに、とても生きていますね。また病院での当直で、「目が急に見えなくなった」「目に何か刺さった」「目をぶつけて視力が心配」といった急患に対応する力も身についたと思います。中には眼球破裂や緑内障発作などすぐ手術しないと失明するという病気もあるため、夜中に緊急手術をしたこともありますが、これはやはり技術と経験が必要なこと。そうした緊急対応力もクリニックの診療で生きるのではないでしょうか。

―その後、杉田で開業されたのはなぜでしょうか?

妻の実家にも近いなじみの町で、古くからの住宅地や商店街と新しい町並みが融合した、バランスの取れた地域だと思ったからです。妻は眼科の勤務医で、私はこれから開業、双子の子どもは小学校入学前という時期で、両親が近いと子育てにも安心という期待もありましたね。また私自身のことでは大学時代にウインドサーフィンを始め、祖母の住む鎌倉にもよく通ったので、杉田のように海が近くて開放的な雰囲気が大好きなんですよ。もちろんずっと杉田で診療を続ける覚悟で、患者さんと長くおつき合いしたいと思っていますから、診察も皆さんが納得がいくよう努力しています。まだ開業して数年ですが、当院に幅広い年齢の患者さんが多様な症状や悩みでお見えになり、改めて「目はいろいろな病気が起こりうる、小さな臓器」だと実感しました。すべての分野に精通することが求められると同時に、難しい病気の方はすぐ病院に紹介するための見極めなど、広く深く診療を行う開業医の魅力にひかれています。

―そうした眼科医になられたきっかけは何でしたか?

子どもの頃から鼻と喉が弱くて耳鼻咽喉科によく通院しましたし、他界した祖父が内科医、大阪にいる叔父は精神科医と、医師が身近にいたことで医療に興味を持ちました。臨床実習や大学病院での診療を経験して、やはり人を救って感謝される仕事に就いてよかったと思いましたね。最初は耳鼻咽喉科を専門にと考えましたが、病院で眼科の診療に接してそちらを志したんです。白内障の手術後、はっきりと見えるようになった患者さんが感激する姿など、こんなに喜ばれる分野に是非進みたいと感じました。

記事更新日:2016/01/24

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