井上 貴裕 院長の独自取材記事
つばさクリニック多摩
(多摩市/聖蹟桜ヶ丘駅)
最終更新日:2025/04/07

多摩エリアの訪問診療を支える「医療法人社団おおぞら会 つばさクリニック多摩」。井上貴裕院長は名古屋大学、愛知県がんセンター、理化学研究所などで、白血病、がん、内科治療の開発、疾患のメカニズムの解明に従事してきた経験豊富な医師だ。内科と精神科の両面から患者を診る訪問診療を、24時間365日体制で受けつけている。井上院長は患者との関係を「人と人のお付き合い」と言い、患者だけでなく患者の家族のケアも欠かさない。そのような温かな想いにあふれた井上院長に、これからの訪問診療の在り方を聞いた。
(取材日2025年2月28日)
訪問診療の充実で、多摩を高齢者社会のユートピアに
この地域に可能性を感じておられるそうですね。

こちらで診療を始める前は、多摩エリアはかつてニュータウンとして開発され、現在は若い頃に移り住んだ方々が年を重ねている印象でした。しかし実際には、閑静な住宅街に新しい一軒家が多く、若い世代も多く住んでいることがわかりました。高齢化率は高いものの、多世代が共存する地域で、地域のつながりが強く、看護師やケースワーカーの受け入れも良好で温かい雰囲気を感じています。ただし、高齢化が進む社会において医療の充実は不可欠です。訪問診療を充実させ、多摩を高齢者社会のユートピアにしたいと考えています。
多職種連携も積極的に行われているそうですね。
介護や看護など福祉にまつわる多職種が集まるミーティングを定期的に行っています。私たちは常に成長の余地があると感じており、互いに腹を割って、どのような意見でも率直な形で共有できるようにしています。私たち一人ひとりがチームの一員として協力し合い、どのように患者さんとともにあるべきかを常に共有しています。
訪問診療を専門分野とされた経緯を教えてください。

私が若い頃、がん治療を担当する部門で医師として働いていましたが、病院では最期を迎える患者さんも多く、入院したまま一度も家に帰れない状況に心を痛めていました。そこで、少しでも一時帰宅ができるようにと奮闘しましたが、病院の外では医師が守りきれず、何が起こるかわからないという理由から、難しいことが多かったです。一時帰宅は病院から15分以内が限度でしたが、それでも患者さんやご家族がとても喜んでくださる姿を見て、「家で過ごさせてあげたい」「在宅でがん治療ができないか」と考えるようになり、訪問診療やホスピスの考え方に興味を持ちました。がんだけでなく、高齢者の終末期医療も同じです。末期がんや認知症など、最後の時間を少しでも楽しく、家で過ごせるようにしたいという思いから、訪問診療の道に進みました。
何でも話せる関係性から心身のケアに取り組む
内科と精神科を診る訪問診療がクリニックの特徴の一つです。

精神科と内科は切っても切り離せない関係です。日本では精神科というと少しハードルを感じて、受け入れられにくいこともありますが、実際には体だけが病むということはありません。寝たきりの方が心だけ元気でいることは少なく、やはり精神的にも磨耗してしまう人が多いです。そのため局所ではなく、総合的に診ることが重要です。そのため私は専門とする分野以外も本を読んだりウェビナーに参加したりと勉強を続けています。幸い私は好奇心が旺盛で医療について幅広く学ぶことがとても楽しいのでありがたいですね。専門の医師の力も重要ですが、総合的に診ることのできる医師がいることが、地域医療には不可欠だと思います。
診療内容についてお聞かせください。
患者さんと接するすべてのことが診療につながると考えています。細かい問診をベースに、顔色や仕草をよく観察し、触診や聴診も丁寧に行います。また、痛みの緩和ケアでは、痛みのレベルを確認するイラストつきの表を使い、指さしで答えてもらいます。同様に「今どのくらい楽しいですか?」と尋ねることもあります。イラストには満面の笑みから渋い顔まで描かれており、そこから自分の状態と照らし合わせてもらいます。診療では必ず一度は患者さんとご家族を笑わせることをテーマにしています。患者さんの人生の集大成に立ち会うからこそ、少しでも楽しい気持ちになってもらいたいです。以前の勤務先で、乳がんで肩が上がらない患者さんに、当時五十肩だった私が「私よりもずっと肩が上がっていますよ」と伝えたら大笑いしてくださったことがあったのです。後日、ご家族から「あれが最期の笑いでした」と伺い、私にとっても忘れられない瞬間となりました。
診療の際に心がけていることは何ですか?

患者さんやそのご家族が何でも話せる環境をつくることですね。訪問看護や介護スタッフとは気軽に話せても医師とは距離を感じてしまうという人も多いようです。せっかく家に行くのですから「どうぞいつも通りだらだらしてください」と患者さんやご家族に伝えるようにしています。片づけたり、座布団を敷いたりしなくていい。寝巻きのままだらけながら私と話してくれるような状態が一番うれしいのです。そうすることが、心のわだかまりをぽろっと打ち明けてくれることにつながると思っています。また患者さんに体調を聞いて「大丈夫」と言われたら、後からご家族にも聞いてみるようにしています。なので、ご家族との関係性も重要です。家全体が私への警戒心なく、ただ遊びにきたように接してくれるのが理想ですね。時には私の健康を気遣ってくれたり、お世話をしようとしてくれたり、立場が逆転するようなこともあるのですよ。
24時間365日体制で、家族丸ごとケアする
患者さんのご家族のケアを重視されているそうですね。

患者さんだけでなくご家族のケアも重要です。例えば、患者さんを自宅で介護していると、ご家族のほうが無理をしすぎて体調を崩されることも考えられます。24時間体制で介護を頑張っているご家族には、心身ともに大きな負担がかかるのです。近年、地域包括ケアが注目されていますが、私はそれに加えて、家族全体を支える「家族包括ケア」が重要だと考えています。患者さんへの問診では食事や排便の状況に加え、そして最近笑っていますかなどといった心の状態も確認します。同じようにご家族にも問診を行うことで、悩みを打ち明けてくれることがあるかもしれませんからね。「自分の親なのだから、自分が責任を持って介護しなければ」と抱え込みすぎる人が多いと感じていますが、私は「私たちを頼って、なるべく肩の力を抜きながら介護してくださいね」と伝えています。患者さんとご家族、どちらにも寄り添うことが大切だと考えています。
24時間365日体制で診療を行いつつ、外来にも対応されているとか。
患者さんのお家への定期的な訪問に加えて、急な体調の変化にも24時間365日、夜間・休日問わず対応しています。常勤・非常勤合わせて10人の医師が備え、いついかなる時でも飛んでいけるよう体制を整えていますので、どうぞ気軽にご連絡ください。一方で在宅医療を専門とするクリニックには珍しく、外来診療も行っているのも当院の特徴です。これは「先生のクリニックに一度行ってみたい」、「まだ足腰は元気なので体調が良い時はクリニックに行きたい」という患者さんのニーズに応えたものです。患者さんの動きたい、外出したいという気持ちを尊重することは、患者さんの達成感や、ご家族の喜びにつながるので、ぜひいらしてくださいとお伝えしています。私も100歳になっても歩きたいと思って、休日はジムに通っていますから気持ちがよくわかるのですよ。
最後に読者へのメッセージをお願いします。

私は「人と人のお付き合い」としての医療を大切にしています。医師と患者という関係を超えて、人として寄り添い、励まし合える存在でありたいと考えています。医師として患者さんの最期に立ち会った時に、先輩からは「感情を殺せ」と教えられましたが、ですが私は人として、短い時間でも家族のように接しているため、感情があふれることもありました。それも自然なことだと受け入れるようになり、患者さんの死を乗り越えられるようになりました。また、この地域に寄り添い、町の「遊撃隊」として、どのようなことでも相談できる存在でいたいと思います。どういった依頼でも、まずは気軽にご相談ください。