宮下 直洋 院長の独自取材記事
HOME CARE CLINIC N-CONCEPT
(札幌市白石区/菊水駅)
最終更新日:2024/06/14

札幌市営地下鉄東西線・菊水駅の近くにある、一見クリニックとは思えないスタイリッシュな建物が「HOME CARE CLINIC N-CONCEPT」だ。日本血液学会認定血液専門医の資格を有する宮下直洋院長が、血液内科分野の在宅医療を普及させるため2020年に開院した。血液内科は他の診療科と異なり、「輸血が必要」「高度な免疫不全がある」「在宅医療を行う血液内科の医師がいない」といった理由から在宅医療があまり行われてこなかった。「すべての人に在宅医療という選択肢を持ってもらいたい」と、語る宮下院長は、血液疾患に限らず、小児領域を除く幅広い疾患に対応している。そんな宮下院長に、在宅医療中心のクリニックを開院した理由や血液内科における在宅医療のメリット、今後の展望などについて話を聞いた。
(取材日2024年5月17日)
基礎と臨床の経験を有する血液内科のスペシャリスト
医師をめざしたきっかけを教えてください。

小学6年生の頃、母が血液の病気に罹患し、それを治してあげたいという思いから医師をめざしました。しかし入退院を繰り返し、私が高校1年生の時に他界してしまいました。けれどきっかけをくれた家族に報いたいと思い、そのまま医学の道へ進むことにしました。家族を亡くした病気が血液の疾患だったため、医師になるというより血液内科の医師になると最初から決めていたんです。だからこそ初期研修の2年間はあえて血液内科以外を学ぶことにしました。医師としてどのような患者さんが来ても対応できるようになりたかったんですね。札幌東徳洲会病院を選んだのは、救急車の受け入れ台数が多く経験値を上げられると思ったからです。多くの患者さんに対応し、さまざまな病気を幅広く勉強できたことが、現在の在宅医療に生きていると思います。
血液内科とは、どのような診療科なのでしょうか?
血液内科の疾患は、白血病や悪性リンパ腫、骨髄腫などのがんが多いです。血液のがんは、血液に乗って全身に行き渡るため、抗がん剤治療が基本になります。扱う抗がん剤の強度は他の診療科より強いことも多く、治療によって命を落としてしまう方もいます。ただし私が医師になった頃と現在を比べると、治療法も薬も検査も変わりました。例えば白血病で同じ治療をしても効果に差があり、その理由は以前は解明されていませんでした。細かく調べてみると、同じ白血病でも遺伝子変異の種類が異なっていることがわかったのです。現在は分子標的治療によって、遺伝子変異のタイプごとに異なる治療を行えるようになってきています。
在宅医療のクリニックを開院した理由を教えてください。

私は北海道大学病院血液内科の研究部門に3年間在籍しました。血液がんの治療を目的として行う造血幹細胞移植は、治療が原因で亡くなる方もいます。現場から少し離れたところから臨床を見たときに、治療をすべきか、治療をしないという選択肢があってもいいのか、俯瞰することでそうした視点が生まれました。臨床に戻り治療の継続が難しいケースに出会った時、つらい治療をせず自宅で過ごす選択肢もあるのではないかと思いました。ところが、血液内科は家では輸血ができないといった理由で在宅医療がほとんど行われていませんでした。どうしたら自宅で過ごす選択肢をができるかと考えた時、自分でやればいいと思ったんです。ただし治せるものは治したいと今も強く思っており、在宅でも必要であれば抗がん剤治療も含め行っています。
開院に至るまでの経緯を教えてください。
血液疾患を患者さんのご自宅で診たいことを、勤めていた北海道大学病院血液内科の豊嶋崇徳教授に相談し、送り出してくださいました。北海道大学病院を含め多くの先生方と連携いただいています。ただ、いきなり開院したわけではなく、まずは在宅医療を行っているクリニックに就職しました。勤務してみると在宅医療の現状や課題も見えてきて、自身で新しい在宅医療のかたちを作り上げようと、そこを退職後、2020年7月に当クリニックを開院しました。クリニック名の「N」は、New・Nextという言葉から、これまでにない新しい形の医療提供を、という想いを込めています。
在宅医療によって、患者の負担も医療費も減らす
血液内科で在宅医療を行っている施設は少ないのですか?

患者さんのご自宅で輸血に対応するクリニックは、全国でも数えるほどではないでしょうか。なぜ対応しないかというと、輸血は移植医療で、アナフィラキシーなどのアレルギー反応や、心不全、肺の障害といった危険性を心配して、という要素があります。また、そもそも自宅で輸血ができると医師が考えていないことも理由です。そこで私は、東京にあるトータス往診クリニックを訪ねました。院長の大橋晃太先生が血液在宅ねっとというNPO法人を運営しており、手順や技術などを勉強させてもらったんです。学んだことをまとめて細かい手順書を作り、大橋先生に見せたところ、当院でもほしいくらいだと評価していただきました。
在宅医療のメリットを教えてください。
輸血をする必要のある方は高齢の方が多く、通院が負担になります。1日がかりになることもあり、付き添う方の負担も大きくなります。訪問診療で対応できれば輸血にかかる時間だけで済み、ストレスに配慮した医療を受けられます。入院患者さんの中にも、輸血が必要なために自宅に帰れない方もいます。輸血さえできれば自宅で過ごせるわけです。医療機関としても輸血のためにベッドを用意しなくてはならないので、その受け皿としての役割も担えると考えました。当院では必要な治療は何でもやりたいと考えています。もちろん難しいこともありますが、緩和ケアとして患者さんのご自宅で抗がん剤を投与することもあります。近年は札幌でも当院と連携して在宅で輸血を行ってくれるクリニックが増えているのがうれしいですね。
クリニックとして力を入れていることをお聞かせください。

自宅に帰る選択肢をすべての方に、というのが一番の思いです。国は医療機関のベッド数を減らし、自宅で過ごせるようにする地域医療構想を進めています。医療経済的にも、入院するより在宅医療で対応したほうが費用がかかりません。そういったことから、何でも診るという訪問看護ステーションやクリニックが増えていますが、私はそれぞれの特徴を生かした在宅医療が求められていると感じています。当院の医師は2人とも血液内科が専門ですし、輸血を専門に学んだ看護師もいます。多くの方に知っていただき望む人生を歩んでもらうために、当院が行っている取り組みを外部に発信しており、講演会や勉強会を月1回以上行うなど啓発活動にも力を入れています。訪問看護ステーションの看護師の質向上にもつながればとも思っており、地域全体のレベルアップを図っています。
どのように生きるかを最優先した医療を提供する
どんな時に医師としてのやりがいを感じますか?

治療が難しい病気で最期を自宅で過ごす患者さんを看取る場合、息を引き取るまでの時間をどう生きてもらうかが重要だと考えています。在宅医療に携わるようになってから、大切な人を亡くしたご家族から手紙をいただくことが多くなりました。病院に勤めていた時はあまりなかったことですね。ご家族は一字一字手で言葉をしたためて思いを伝えてくれます。それを読むと、在宅医療に関わって良かったと感じますし、原動力になっています。
今後の展望を教えてください。
現代は目標のない若者が多いと聞きます。彼らに「こんな道もあるよ」と伝えたいですね。現在、小中高生向けに学習塾でも講演をしたりしていますが、今後はがん教育などの目的で学校にも呼ばれたら行きたいと思っています。また私は開院時から、臨床、教育、研究を3つの柱にしています。臨床と教育はすでに述べましたが、研究も同じくらい大切だと考えています。私たちが関われる患者さんの数は限られていますが、自分たちの試みや経験をもとに研究して論文にしたり、発表したりすることで、多くの医師にそれが伝わります。結果として間接的にですが、会ったことのない患者さんの役に立って行くんですよね。
最後に、読者へのメッセージをお願いします。

在宅医療はまだまだ知られていないので、まずはどんなものか知っていただきたいですね。当院は「すべての人に在宅医療という選択肢を」というコンセプトのもと、血液疾患に限らず、固形がんや慢性疾患の方の在宅医療にも対応しています。365日24時間対応可能ですので、困っていることがあれば、ぜひご相談ください。力になりたいと思います。