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石黒 秀行 院長の独自取材記事

いしぐろクリニック

(土岐市/土岐市駅)

最終更新日:2021/10/12

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土岐市駅から徒歩5分のところにある「いしぐろクリニック」は、生まれ育った土岐市に還元したいと石黒秀行院長が開業した。「町の保健室として、困ったら何でも相談に来てほしいですね」そう温かな笑顔で語る石黒院長の言葉からは、地域への熱い思いがひしひしと伝わってくる。17年の長きにわたり名古屋市立大学病院で消化器・一般外科で研鑽を積み、准教授にまで地位を築き上げたが、育ててもらった地域への思いから、地域医療の道に進むことを心に決めたという。話しやすい雰囲気が印象的で、まさに保健室にいる先生のように何でも相談できる人柄の石黒院長に、開業までの経緯や地域への思い、これからの抱負など多くの話を聞いた。

(取材日2020年5月7日)

「町の保健室」として、生まれ育った地域に還元したい

まず、医師をめざしたきっかけを教えてください。

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私は建材屋の息子で、父の後を継ぐことも考えていました。ですが、小学生の時に病気をして入院していたこともあって、材木を担ぐといった力仕事はできないかもしれないと思ったんですね。そんな中、入院先の病院で、小児科の先生や看護師さんが優しく接してくれて、医師の仕事に憧れを持ちました。小学1年生はほとんど学校に行けてなかったのですが、その時の担任の先生が野口英世の伝記を持ってきてくれて、小さい頃に大けがを負って障害を持っても、医師になった人がいるんだよと言ってくれたことも大きなきっかけです。さらに高校1年の担任の先生に進路について背中を押してもらい勇気づけられました。振り返ってみると、本当に周りの人に恵まれてここまできていると思います。

開業前、印象的だった出来事はありますか?

消化器外科の医師として17年間大学に在籍していましたが、医師になって3年目の地方の病院勤務時に、ご自宅で患者さんを看取ったことが強く印象に残っていました。家で死にたいと病院を出られて、在宅医療という言葉もまだ浸透していない時代に往診をしていました。その患者さんが亡くなる時に、ご家族が笑顔で見送られていたんです。ご本人も満足そうな顔をされていましたね。ご家族に号泣されながら病院で亡くなっていかれる方をずっと見てきましたから、そういう死を初めて経験したんです。大学に長くいて准教授にまでなってしまったので、そこから縁遠いほうへ進んでいってしまったんですが、そういった地域に根づいた一人ひとりの患者さんと深く関わる診療をしたいと心のどこかで思っていたんです。

准教授というキャリアを捨てることは、とても勇気がいることだと思います。

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そうですね。この地位まできたら、外科医師として全うするのが普通だと思います。大学に長くいて立場上、上をめざしたこともありましたが、もともと出世や地位にあまりこだわりなく、肩書はいつ捨ててもよいと思っていたんです。肩書なんかなくても、目の前の仕事をきちっとこなして信頼されたいなと、いつも思っていました。今でも正しいことには従いたいと思っていますが、当時は権力をふりかざすものや媚びるものに対して反発心もあって……。まあ若気の至りですかね(笑)。それで、すぱっと大学病院を辞めてしまいました。

なぜ、地元での開業に踏み切ったのですか?

辞めて、さあ次どうしようか、と考えていた折に、同窓会があって地元に集まったんです。土岐市駅にも久しぶりに降りたんですが、昔のような活気がなくて少し寂しく思いました。その時、このまま地元の人たちに何の貢献もしないままだと、後悔する気がしたんです。残りの医者人生を後悔しない生き方をしたいと思いました。町の活性化に自分も何かできることはないか、と考えた末に、地元で開業しようと。まず開業医の先生のもとでゼロから勉強し直しました。整形外科と小児科の親友に頼み込んで、外来を勉強させてもらったりもしました。開業するにあたっては、土岐市はなかなか借りられる場所がなかったんですが、思いを地主さんにお伝えして、快く了承していただきました。その後は友達、先輩、後輩をはじめ、本当に多くの方が親身になって協力してくれて、開業に至りました。ここまでのことを思うと、すべてつながっているんだなと感じます。

先進の骨密度検査や胃内視鏡も導入。地域の健康を守る

得意とされているのはどのような治療ですか?

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一番得意なのは、がんの診断から治療です。しかし地域医療は基本的に窓口であって、がん治療のすべてを行うことはできません。それならば、がんにこだわらず、窓口を広くしたいと考えたんです。今は専門性に特化する傾向が強いですが、私としてはわからないから別のところに行ってください、ということはしたくなかったんです。それは自分一人で抱え込むということではなくて、まずは窓口になって、わからなければ専門の先生と相談し、必要であればすぐに専門の先生を紹介をするということです。そういう連携や医者同士のつながりも大切に考えています。多くの標榜科を掲げたのは、地域医療としての入口の役割を担っていきたいという思いも込めています。

「町の保健室」というフレーズを掲げられていますね。なぜこの言葉を使おうと思ったのですか?

このフレーズはスタッフも気に入ってくれています。専門性はあえて強調せず、窓口として困ったらいつでも来てほしいと思いついたんです。今までも臨床も研究もいろいろなことに興味をもって首を突っ込んできました。専門としてきた食道の分野は外科の中でも難しい分野の一つで、術後管理も含めて苦労する幅広い知識と忍耐を要求される領域でした。ただいつも思っていたことは、専門しか知らないのでなく、専門性を生かした一医師でありたいと。例えて言うと、「ニンジンしか売っていない八百屋」ではなく、「ニンジンが一番おいしいが大根もわりとよい、たまにお菓子も売ってる八百屋」でいたいと思っています。開業するにあたって、病気の人も健康な人も誰もが気軽に立ち寄れる場所でありたい、と願いを込め、「町の保健室」とフレーズを掲げました。

検査機器も充実させているそうですが、骨密度検査機器や先生のご専門である胃内視鏡が特徴的ですね。

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食道がんや胃がんは自分の専門分野ということもあり、検査機器である胃内視鏡は先進のものを入れました。骨密度検査に関しても必要だと考えていて、訪問診療をしていた時に、訪問先の患者さんが寝たきりのお年寄りが多く、会話もできてお元気なのに、歩けなくて寝たきりになっているのです。原因としては骨折が多く、骨粗しょう症を予防することが必要だと痛感しました。骨粗しょう症の予防は、この近隣も高齢の方が多くいるので、力を入れたかったんですね。ですので、大きな病院に入っているような先進の機器を入れました。

ニーズに合わせた診療で、地域医療の役割を全うする

スタッフさんに石黒先生から伝えていることはありますか?

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幸いスタッフに恵まれました。型にはめてこうやってくださいということはないのですが、患者ファーストで動いてほしいと。そして、必ず仕事は共有し、教え合って誰でも仕事がわかるようにしていきましょうと伝えています。自分だけの考えでなく、人と共有することで、新しく気づくこともたくさんあると思います。狭いクリニックですので、できるだけ風通しはよく、普段から明るく楽しく元気よく、を心がけています。せっかく地域貢献できる場所でもあるので、やりがいをもって仕事をしてほしいですね。

今後としてはどのような抱負をお持ちでしょうか。

基本は外来と訪問診療ですが、今後はオンライン診療も含めて3つの組み合わせになってくると思います。オンライン診療は現状として準備ができていませんが、将来はぜひ挑戦したいと思っています。来院することが困難であればこちらから訪問し、感染症で来院を見合わせている場合、オンラインで状態を診ることができる、というスタイルであれば、どんなニーズにも対応できると思います。八百屋の例えでいうと、御用聞きもするし、ネット販売もする、ということでしょうか。患者さんのニーズに合わせて、どんどん進化していきたいですね。

最後に、読者にメッセージをお願いします。

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医師として、人として、誰かに頼りにされることは本当にうれしいです。「何かあったら石黒さんのところに行けばいい」と思ってもらえたら、この土岐市に生まれ育った者としては一番の喜びです。育ててもらった地域に恩返しできるよう、自分のできることを尽くして頑張っていきたいですね。「町の保健室」として、地域の皆さんの健康を守る窓口でありたいと思っています。

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