笹岡 大史 院長の独自取材記事
春日部在宅診療所ウエルネス
(春日部市/春日部駅)
最終更新日:2024/12/26

春日部市の内牧地区にある「春日部在宅診療所ウエルネス」は、2018年の開業以来地域に根差し、在宅療養する患者を支援してきた医療機関だ。院長の笹岡大史(ささおか・たいし)先生は、日本内科学会総合内科専門医、日本循環器学会循環器専門医で、大学病院の循環器内科部長として急性期医療以外にも介護施設長も経験。介護に関する本も執筆し、多職種参加型のセミナーを主宰するなど、在宅医療の文化拡大に努める。思いやりや良心に忠実である「忠恕(ちゅうじょ)」という理念のもと、診療を続けてきたという同院。「この診療所なら安心だからと、当院に患者さんを紹介してくれる医療機関も増えてきました」と笹岡院長は語る。今回は在宅医療の必要性や同院の特徴など、さまざまな話を聞いた。
(取材日2024年9月18日)
病気治療だけでなく、安心して人生を歩めるように伴走
まずは診療所の開業から現在の診療体制までを聞かせてください。

当院は、社会福祉法人が運営する介護付き有料老人ホームに併設された在宅療養支援診療所です。開業当初はこの地域に在宅医療を行う医院も少なく、地域包括ケアの体制づくりが不十分なエリアでした。そのような状況からスタートし、地元の皆さんの支援を得ながら次第に体制を整えつつ、訪問件数を増やして現在に至っています。今では地域との連携も強化できており、患者さんをほかの事業所に紹介する立場にもなっています。診療のほとんどが訪問診療ですが、午前中に予約外来を行ってから訪問診療に出かける日もあります。併設の有料老人ホームや特別養護老人ホームの患者さんも診療しています。在宅医療は高齢者だけではなく、非常勤で小児科外来を10年以上経験しているので、医師会の小児科当番医や、医療的ケア児の予防接種、医療材料の物品管理も行っています。また、若年の神経疾患やがんなど通院困難になった方も対象にしています。
院長のご経歴についても教えてください。
私は北里大学医学部を卒業した後、医局の関連病院で研鑽を積み北里大学メディカルセンターで臨床准教授を務めました。その間、心臓カテーテル治療やペースメーカー埋め込みのような専門性の高い技術が必要な治療にも携わってきました。東京医科歯科大学では、遺伝子の基礎研究をし論文を発表しています。循環器内科部長に就任後には、慶應義塾大学で経営や介護・医療制度の学びを深め、介護施設からお誘いを受けて施設長に就任しました。そこは若いスタッフが訪問リハビリテーションに注力している施設で、意義ある世界があることの認識を新たにしました。介護施設では救急搬送の数を減らすことに注力しながら看取りまで行い、その後、精神科病院の内科に勤務しながら、精神科での認知症治療の課題も経験しました。そして、これまでの多様な経験を生かすために、2018年4月に当院を開業しました。
先生が考える、在宅医療の必要性とは何でしょうか。

通院困難になった方が在宅療養に移行すると、通院時間や待ち時間がなくなり、体調不良の時の往診も受けられ、ご家族の負担は非常に軽くなると思います。加えて、入院を回避することもメリットの一つだと考えています。入院中にベッドで安静にしていると、歩きにくくなったり認知症が悪化したりすることがあります。また、外来通院の場合は、病院に行くかどうかが自己判断になります。通院を我慢したせいで一気に介護度が上がってしまうこともありますから、その手前で医療が介入することが重要です。在宅医療のコストが気になるかもしれませんが、介護施設への入所や入院にも相当な費用がかかります。在宅医療を活用し自宅で過ごせる環境を整えれば、その費用はカットできるのです。医療費の額面だけで短期的に判断せず、長期的に考えるべきです。来てくれるスタッフが医療や保険制度に詳しいので、不明点を相談できることも在宅医療の良さかもしれません。
人生の大切な時間、家族とともに過ごす手伝いを
在宅療養を検討している場合、どこに相談すればいいのでしょう。

病院やケアマネジャー、訪問看護ステーション、地域包括支援センターなどから当院に連絡をいただければ速やかに調整が進みます。どこに相談したらいいかわからないという方、そういった機関と関わりがない方は、当院に直接電話をしてもらってもスムーズに対応できます。実際に、患者さんやご家族から直接相談もありますよ。通院歴もない高齢者で加齢による衰弱から、部屋の掃除もできなくなり、十分な栄養管理もできず、救急車で搬送される一歩手前で相談があることも多くなっています。高齢者医療では「待ちの医療」では後手後手になり、訪問して状態の改善を図る「攻めの医療」が求められていると感じます。
在宅医療の中には終末期治療もあります。どのような診療姿勢で臨まれているのでしょうか?
これまで人工呼吸器などの救命処置を必要とする医療も数多く経験しましたが、すべての患者さんに救命処置が必要ではありません。終末期医療は、患者さん、ご家族とじっくりと向き合いながら対話を積み重ねながら進めます。多くの方が家に帰りたいが、在宅医療を行う医師を紹介されることなく病院で最期を迎えることが多い時代です。ご本人の意識がしっかりして、食事も食べられている段階で、在宅医療にバトンタッチすることが大切だと思います。医療は病気を治すことと誤解をされますが、治せない病気や障害と向き合いながら、安心して人生を歩めるように伴走することも大切な使命です。看取りについては教科書から教わることだけではできないので、経験を積んで学ぶしかないと思います。私は今でも、「患者さんから学ばせていただく」という姿勢を大切にしているつもりです。
在宅医療の終末期治療は、その家族にも大きく影響を与えるものですよね。

その時期が来れば静かにご家族に囲まれながら旅立っていく。「人は年とともに弱り、いずれ旅立つものだ」という生きざまにご家族が寄り添うことも、限りある命を知るために大切なことではないでしょうか。人が生まれる時・旅立つ時というのは、人生においてとても重要なシーンです。出産に立ち会えば、母親が命がけで赤ちゃんを産むことがわかりますよね。家族の最期を看取ることで、元気なうちに一生懸命働くこと、自分が動けるうちに困っている人を助けることの大切さを感じていただけるかもしれません。最期を自宅で介護することができれば、残された家族も「できる限りのことはやったから」と思えるのではないでしょうか。
幸せに生き切るために。体だけでなく心の面もサポート
訪問診療で対応しておられる「緩和ケア内科」の内容は?

がんなどの終末期の肉体的な痛みを取り除くことが医療の主体なのですが、患者さんには精神的、社会的なことから、スピリチュアルな苦痛が大きく関わっています。その部分に適切な医療を提供していこうというのが、本来の緩和ケア内科です。薬を使った疼痛管理はしますが、医師の人間的な包容力が大切だということを患者さんから教わることが多いです。ですから心の部分もしっかりとサポートしていこうというのが当院の方針で、人間学を学ぶ職員勉強会を行っています。
あらためて、在宅医療における先生の診療方針を聞かせてください。
当院の理念は「忠恕(ちゅうじょ)」、つまり思いやりや良心に忠実であるという姿勢です。急性期医療に関わっていた頃は目の前の患者さんの病気を治すことに集中していましたが、長い人生を考えると、「病気を治す=幸せ」という考えだけにとらわれてはいけないと思っています。患者さんのこれまでの人生を受け止めた上で、この人は今後どう生きれば幸せになるかを考えて医療を提供する必要があるでしょう。あとは医療行為だけでなく、思いやりのある言葉をかけて安心させるなど、目に見えない心配りや優しさも大切にしていきたいと思います。
では、今後の展望をお願いします。

在宅医療の文化をつくることが私たちの使命だと思います。現在の超高齢社会の中で、当院は薬を処方するだけではなく、いろんな相談を持ちかけてもらって、地域の笑顔を増やすことのできる医療を提供していきたいと思っています。近年は医師らの在宅医療への理解もより深まっていると感じます。そういった信頼できる先生との出会いを大切にして、私の立ち上げた診療所を一代で終わらせるのではなく、地域のためにも次世代にこの診療所をバトンタッチしていければと願っています。