河隝 芳正 院長の独自取材記事
あんクリニック訪問診療
(杉並区/高井戸駅)
最終更新日:2026/06/15
杉並区高井戸に訪問診療の拠点を構える「あんクリニック訪問診療」。建物すべてを往診部という規模は、2011年にマンションの1室から始まった診療が地域に受け入れられてきた証だろう。院長の河隝芳正(かとう・よしまさ)先生は胸部外科・血管外科出身で、大学病院のICUに勤め、泊まり込みで重症患者の全身管理に明け暮れた経験を持つ。その力を在宅医療に注ぎ、24時間365日クリニックの医師が直接対応する体制を開業以来貫いてきた。「患者さんは病院ではなく医師につく」という信念のもと基本的に主治医制を敷き、人と人との関わりを大切にしながら一人ひとりの暮らしに寄り添う。豪快で飾らない語り口の奥に患者への深い情がにじむ河隝院長に、その歩みと診療への思いを聞いた。
(取材日2026年4月23日)
外科・ICUの経験を携え、地域の在宅医療へ
まずは訪問診療クリニックを開業された経緯を教えてください。

以前は別の医療機関で院長を務めていたのですが、訪問診療の黎明期にあたる時期に在宅医療と出会いました。外来に通ってくださっていた方が歩けなくなったり、ご家族から「うちのじいちゃんを見に来てよ」と頼まれたりするうちに、患者さんは病院やクリニックにつくのではなく医師個人につくのだと実感したんです。「あんたに見に来てほしい」という声に応える訪問診療がしたくて、2011年に独立しました。開業時に掲げたのは、介護職の方々と対等な立場で連携すること、そして重症の方もご自宅で診ていくこと。マンション1室から始まり、スタッフの増加に合わせて昨年この拠点へ移りました。職員が気持ち良く働ける環境を整えることが、患者さんを長く支え続ける土台になると考えています。
開業される以前は、どのような医療に携わっていらしたのですか。
富山大学を卒業後、胸部外科・血管外科に入局しました。大学病院には重症の方が集まり、複数の外科チームをかけ持ちしながら手術や病棟管理にあたるハードな日々でした。特にICUでは年中泊まり込みで、術後の全身管理を担い続けた経験が大きかったですね。その頃先輩医師から「まずは自分で判断しろ。医者は全責任を取って自分でやるんだ」とたたき込まれました。その後、地方の病院では専門の枠を越えて何でも診る医療も経験し、これが今の訪問診療の基盤になっています。結婚を機に関東へ移り、先輩のクリニック開業を手伝ったり、別の医療機関で院長を務めたりした後、患者さん一人一人に対してじっくり向き合いたいと感じ、自分の訪問診療を立ち上げる道を選びました。
クリニックの診療体制について教えてください。

当院では24時間365日、クリニックの医師が直接対応する体制を敷いています。やるからにはきちんとやろうという思いで、開業以来この方針を貫いてきました。診療は基本的に主治医制で、患者さんの疾患やご家庭の状況、相性などを踏まえて担当医を決めています。女性医師を希望される方のご要望にもお応えできます。現在は常勤医6人、非常勤医5人を含む約40人のスタッフが在籍し、内科・外科・皮膚科を中心に、消化器や血液、循環器、緩和ケア、形成外科など幅広い専門分野をカバーしています。診療時に「これしか診ない」は通用しませんので、ご自宅でも施設でも、その方に必要な医療をトータルで提供できるよう体制を整えています。
全スタッフが同じ目線で患者の希望を実現する在宅医療
訪問診療だからこそできることは何でしょうか?

だって、病院にずっといたくないじゃないですか。ご自宅で診るというのは、病気だけでなく暮らしそのものを見ること。ご家族の生活も含めて支えていく形です。もう食事は難しいと言われた方が「どうしても食べたいものがある」と希望され、工夫を重ねたことがあります。座ることもままならない状態でご自宅に戻り、ご家族と過ごすひとときを大切にされていた方もいらっしゃいました。中には、小さなお子さんと一緒に過ごしたいという想いから退院された方もおり、夜間に駆けつけ、地域の支援者にも集まっていただきました。一律に禁止するのではなく、その方の大切な望みを一緒にかなえていくのが在宅医療の役目だと思っています。当院では、医師だけでなく看護師やスタッフ全員が、同じ目線で患者さんを見ているのが特徴だと思います。チーム全体で患者さん一人ひとりの「どう生きたいか」に向き合っているんです。
診療において大切にされていることを教えてください。
私が敬愛する緩和医療の先生から、こう教わりました。「傷つき、落ち込み、不安を抱えている方に対して、心をかけても相手になりきることは不可能。だからこそ医師としてとことん考え、人として精いっぱい寄り添いなさい。それでも足りない」と。その先生は患者さんやご家族と深い信頼関係を築く方で、病院の玄関で亡くなった患者さんのご家族と偶然会い、ハグをされている姿を目にしたこともあります。私自身もつい患者さんと仲良くなる性分なので、共感するところが大きかったですね。在宅医療における医師の役目は、ご希望をかなえながらオーダーメイドの形で支えていくことだと考えています。もちろんご自宅では難しいという場合は、近隣の病院と連携して検査や手術、緩和病棟をご紹介しますし、無理なく最善の選択肢を一緒に考えるようにしています。
訪問診療ではどのような検査や処置を受けられますか。

訪問診療の際には、エコーや心電図、血液ガス分析装置、肺機能を調べるスパイロメーターといった検査機器を持参しています。血液検査や尿検査もご自宅で行えますので、まずはこうした検査で全身の状態を把握し、より高度な画像検査などが必要な場合は病院へつなぎます。薬についても、点滴や鎮痛剤、一般的な内服薬などを常に携行しており、例えば夜間に痛みが出た場合でもその場で1回分をお渡しできるようにしています。処方薬が届くまでの間も我慢をさせたくないという思いからです。また、外科での経験を生かして切開などの処置をご自宅で行うこともあります。ICUで重症患者さんの全身管理を担ってきた経験は、在宅の場での対応力に直結していると感じますね。
信頼を礎に、責任を持って診療を続ける
スタッフの体制づくりで心がけていることを教えてください。

開業以来貫いているのが、医師・看護師・相談員の3人一組で訪問する体制です。医師と看護師はそれぞれの専門に集中してもらい、連絡調整や書類対応は相談員が担います。役割を分けることで負担が偏らず、長く続けていけるんです。少人数で頑張り続ける形はどこかで無理が出ますし、独り善がりな組織にはしたくない。複数の目で患者さんを見ることで見落としも防ぎやすくなります。情報共有には電子カルテやオンラインツールを活用し、出勤日が異なる医師同士でも連携できる仕組みです。現在の拠点に移ってからは、スタッフの動線が改善し、残業時間も減っているようです。やり始めた以上は責任を持って続けなければなりませんから、チームが健全に回ることを常に意識しています。
患者さんやご家族からの声で、印象深いものはありますか。
一番うれしいのは、患者さんやそのご家族が、お知り合いの方の往診を紹介してくださることです。これが最高の評価だと思いますね。2歳の頃にお母さんの看取りを経験した子が地方に引っ越した後、「小学校に入学した」と、ご家族から写真とお手紙が届いたこともあります。こうしたつながりが続くことは、スタッフ全員の励みになっています。ご自宅から施設に移られる場合も、ご本人に何の落ち度もないのにお別れというのは気の毒ですので、新しい環境でも引き続き訪問診療を続けることがあります。ケアマネジャーや訪問看護師からは対応の難しいケースを託されることも多いのですが、それは5年、10年と診続けてきた積み重ねへの信頼だと受け止めて、しっかり応えていきたいと思っています。
最後に、今後の展望と読者へのメッセージをお願いします。

どこまでも拡大できるとは思っていません。責任を持って診られる範囲でやるのが大切ですから、引き続き杉並・世田谷とその近隣をしっかりカバーしていくつもりです。もしある患者さんとの関わりがあと15年続くとしたら、15年間きちんと診続けられる体制を維持しなければなりません。訪問診療をしていると、人と人との関わりの大切さを日々感じます。そこを業務的にせず、一人ひとりとの信頼を守り続けたい。どこまでできるかは正直わかりませんが、その気持ちだけは変えずにやっていきたいですね。

