河野 智子 院長の独自取材記事
訪問眼科 こうのクリニック
(相模原市南区/相模大野駅)
最終更新日:2025/07/02

相模原市にある「訪問眼科 こうのクリニック」は、眼科領域の訪問診療を行うクリニック。大学病院の助教や総合病院の眼科部長などを経て2017年に開業した河野智子院長は、気さくで明るく話しやすいドクターだ。すべての人が等しく眼科診療を受けられる機会をつくりたいという思いから訪問眼科を始めたという。目の健康を維持することは生活の質を高め、楽しく健康に生きるために欠かせない要素だとの考えから、患者の「見える」をサポートし、介護にあたる家族のケアまで配慮するという河野院長に話を聞いた。
(取材日2025年3月26日)
目の不安を解消し、「見える」を支える眼科訪問診療
眼科の訪問診療は珍しいですね。

勤務医時代、高齢の患者さんを診る機会が多くありました。高齢になると目の不調や病気は増加しますが、足腰が弱ってしまったり、ケガをして通えなくなったり、病気で寝たきりになってしまうこともあります。同じ患者さんに長く接していると、来院が途切れた時に気になるんですね。以前、2、3ヵ月に1度は診察に来ていた方が、半年も来ていないということがあり、後で実はお亡くなりになったのだと知らされたことがありました。当時、白内障などの手術を数多く担当していた私は、手術を終えた後、生まれ変わったように生き生きとされている方を幾度となく見てきました。一方、「目のことを心配し通院されていたあの患者さんは、亡くなるまで目の不安を抱えていたのだろうか。来院が困難だったのなら、ご自宅で診察して不安を解消してあげたかったな」と思ったことが、訪問眼科を始めるきっかけとなりました。
どのような患者さんが多いですか?
訪問先は個人宅と施設の両方です。ものもらいや結膜炎など急性の病気での受診もありますが、多くが定期受診。足が悪くなった、家族の付き添いが難しくなったなど、以前のように通院できなくなったという高齢者の慢性疾患、例えば緑内障やドライアイ、白内障の継続診療や手術後の経過観察が中心です。ずっと受けていた眼科診療を受けられなくなることは不安が大きいものですし、視力は在宅療養の質を大きく左右します。視力を失うことは自由を奪われることを意味しますので、ご本人の意向を大切にしながら、できる限りの対応を行っています。
訪問眼科はどんな症状のときに利用すれば良いのでしょう?

通常のクリニックと同じです。目やにがたくさん出る、ものもらいができた、逆さまつげが当たって痛いなどの症状や、何となく見えにくい、涙がたくさん出るといったことでも構いません。視力検査や眼底検査までできる準備はしています。検査の種類は限られますし、病院とまったく同レベルの精度で検査が行えるわけではありませんが、様子を見ていていいのか、それとも手術など一歩進んだ治療のために適切な病院に行くべきかの判断はできると考えています。白内障などは手術で改善を図ることもできますが、受診していただかなければ白内障かどうかも気づけません。受診できなければ目の病気について診断をされることもないし、ましてや治療を受けることもできないのです。寝たきりであっても「見る」楽しみを大切に、楽しく過ごせるお手伝いをしていきたいので、かかりつけのお医者さんが自宅に来てくれた、そんなふうに気軽に考えてもらいたいですね。
本人や家族の意向を大切に、生活を考慮した支援を
治療が必要な場合はどのように対応していただけますか?

精密検査や手術が必要と判断されるケースでは、近隣のクリニックや病院に紹介状を書いています。ただ、在宅療養中の方にとってそうした医療機関を度々訪れ、検査や治療を受けるのは負担の大きいこと。そうした負担も鑑みてお話しし、どなたでも安易に紹介することは避けるよう心がけています。想定される治療やどのくらいの効果が期待できるのかを先にお話しし、受ける・受けないをあらかじめ考えていただいてから、「受ける」という決意を持った方のみ先に進める形です。開院した頃に在宅医療に関わる医療者が集う場で、「患者さんの望むことをしてあげてください」とのお言葉をいただいたことがありました。こうして訪問診療に携わるようになって、改めて医療的に正しいことだけではなく、本人やご家族の思いに応える対応が求められていることを実感します。
その先の検査や治療が、本人やご家族の負担になるケースもあるのですね。
家族に負担をかけては申し訳ないと、治療を希望されない方も少なくありません。一方で、治療でお悩みの解消につなげられれば、家族の負担軽減も期待できます。患者さんもご家族も、皆さんお互いのことを思い合っているんです。それなのに、「家族だからこそ言えない」とうまく伝えられないのですね。そうした際には患者さんとご家族の間に入って、お互いの思いを伝え合うことからお手伝いすることもあります。家族間に第三者が入ることを快く思わない方もいらっしゃるとは思いますが、少しでも橋渡しになれればと考えています。
ロービジョンケアにも取り組んでいらっしゃると伺いました。

ロービジョンケアとは、「視覚障害によって生活に何らかの支障を来している人に対する幅広い支援」です。見えにくいなりに少しでも生活しやすい環境を手に入れていただくため、老眼鏡や拡大鏡の適正な使用を勧めたり、家具の配置、照明の色などをアドバイスしたりと、眼科医の視点から生活上の工夫をご提案しています。例えば、西日が当たってテレビ画面が見えづらい、白い壁がまぶしすぎて快適に過ごせないといったケースがあります。拡大鏡や老眼鏡は、100円均一店で購入できるものもあり、そうした手軽なものからお試しいただくようお勧めすることも。ご高齢の方ではせっかく高価な眼鏡を作っても使わなくなるケースが多いことから、まずは安価なもので使用を習慣づけ、必要に応じてさらに精度の高いものを用意するというステップをお勧めすることもよくあります。
生活に密接したアドバイスをいただけるのですね。
外来でも病気だけを診ているというわけではありませんが、お住まいにお邪魔する訪問診療ではさらに生活ありきで考え、その方自身を診ることが求められていると感じます。日々を暮らしやすくしていくためのロービジョンケアが必要なのです。ただし、本人やご家族の意向を無視して進めることは厳禁。歩行スペースを確保するために雑然としていた自宅を片づけたら、その後動くことができなくなったというケースも耳にします。暮らしの場であるご自宅に入る訪問診療だからこそ、医療者目線からだけでなく、患者さんやご家族の立場に立って考えることも大切なのですね。
医療とケアの両面から、快適な療養生活をサポート
診療で大切にしていることを教えてください。

患者さんが何をしたいのかを意識することと、介護している方が困っていることを解決に導くことです。患者さんが医師には「大丈夫です」と話していても、ご家族の前では繰り返し目の不具合について訴えることもあると聞きます。介護者自身が高齢であったり、家事全般を一手に引き受けていたりして、すでに余力がないケースもあります。介護者が疲弊しきっていては十分な療養環境を得にくくなります。患者さんの困り事に対応することが一番ではありますが、患者さんの話だけ聞いていては、本当の意味での「生活の改善」につながりません。診察に同行するスタッフの力も借りて患者さんと介護者、その両者の話を聞くことを大切にしています。
今後の展望を教えてください。
おかげさまで多くの受診希望を受け、先の予約となってしまうことも。今後は、診察とケアを分けられれば、より多くの患者さんに向き合えるのではないかと考えています。目やにがたまって結膜炎になると、抗菌点眼薬で治療することになりますが、発症前からのセルフケアで対応できることも多いのです。洗顔や入浴の方法はもちろん、お顔の拭き方をちょっと工夫するだけでも変わってきます。お忙しい介護の中でも実践できるそうしたケアで、慢性疾患へと移行する前からの予防に取り組めたらと思うのです。
メッセージをお願いします。

視力から得られる情報量は膨大で、これを失った状態で人生の最期を迎えるのはつらいものです。在宅療養に入ってから治療に取り組むのは難しいと実感することも多いので、いわゆるアイフレイルの段階から検査・治療を受けるなど、意識を持っていただきたいですね。快適に暮らしてもらいたいという思いが当院の診療のベース。快適でないとお感じであれば、ぜひご相談ください。