日高 淑晶 院長の独自取材記事
船塚クリニック
(宮崎市/宮崎神宮駅)
最終更新日:2022/06/08
宮崎駅から北西に車で約10分の閑静な住宅街の一角にある「船塚クリニック」。内科と外科を標榜し、認知症の治療や在宅診療も行う地域のホームクリニックだ。院長の日高淑晶(ひだか・よしあき)先生は外科から内科へ転科した異色の経歴を持つベテランドクター。「外科の知識がある内科医」を強みに、患者とその家族が元気になる在宅診療に力を注いでいる。「在宅医療だから○○できない」と諦めるのではなく、患者が主体性を持って自分らしく人生を送ることができるように、一人ひとりの声に丁寧に耳を傾けて真摯に向き合うその姿勢は、患者から厚い信頼を集めている。常に患者の幸せを最優先に考える日高院長に、開業までの経緯や在宅診療への思いをたっぷりと語ってもらった。
(取材日2021年10月15日)
通院できない患者にも、在宅診療で多くの選択肢を
開業までの経緯について教えていただけますか?
私はもともと外科を専門としていて、消化器がん、肝がんなどに対する手術を行っていたのですが、10年以上続けてみて「これは自分じゃなくてもできることだ」と感じるようになりました。それで、外科を一通り経験したところで「自分にしかできないこと」は何だろうと考えたところ、「外科の知識がある内科医」になろうと思ったんです。そこで、24時間365日外来を行っているクリニックで内科の医師として働き始めました。そして3年ほどそこに勤務したところで、もう少し患者さんに寄り添ったサポートをしていきたいと思い、開業を決意しました。
在宅診療を中心に行うクリニックにしようと思ったのはなぜですか?
患者さんが来るのを待っているよりも、自分が行って患者さんに喜んでもらいたいと思ったからです。自分で通院できる人にはいろいろな選択肢がありますが、通院が困難な人には選択肢がほとんどありません。それなら、薬を処方したり血圧を測ったりするだけの普通の在宅医療ではなく、患者さんを元気にするためにもっと積極的な医療が提供できたらいいなと思いました。認知症だから、がんだから、年を取ったから仕方がないと諦めるのではなく、予防はもちろん、できる限りの治療をしてサポートをしていきたいと考えたのです。
開業に際し、この地域を選んだのはなぜですか?
妻と結婚した当初は、清武町船引に家を借りて住んでいました。「まめぞう」と「ももたろう」という猫を飼っていて、その2匹が自由気ままに暮らせる広い場所を提供したいと思って、田舎を選んだんです。妻が奄美大島の出身でしたので、自然いっぱいの環境で子育てをしたいという思いもあったのですが、子どもたちが学校に通うにはとても不便な場所だったため、もう少し街中に引っ越そうということになりました。それで13年ほど前に引っ越してきて家を建てたのが船塚です。私の生まれ故郷は宮崎県中部の国富町ですが、ここは娘たちが育っていく場所で、娘たちにとっての故郷となる場所です。その地域の医療に貢献していきたいという思いがあったので、クリニックの名前にも町名である「船塚」を入れました。
一人ひとりが自分らしく生きていくための在宅医療
訪問診療のニーズは増えていると感じますか?
実際に開業をして感じたのは、思っていたよりもこの地域で訪問診療を選択する方が少なく、頑張って通院している方が多かったということです。とはいえ、訪問診療を始めて10年になりますが、今では患者さんのご自宅だけでなく介護施設にも往診をするようになって、確実にニーズは増えていると思います。当院は開業当初から、積極的に広告を出してたくさんの患者さんを集めるというよりも、求めてくださる方に可能な限りの医療を提供していこうというスタンスだったので、在宅診療に関して言えば、開業して最初の1ヵ月は少数の患者さんに、妻と2人で対応していましたが、だんだんとクチコミや紹介などで広まっていき、今は地域の訪問看護師さんと協力しながらチームで多くの患者さんにあたっています。
訪問診療を行う上で先生が最も大切にしていることは何ですか?
われわれがやりたいことを一方的に提供するのではなく、「患者さんやそのご家族が求めていること」を尊重するということです。こちら側の考えや方針を伝えて納得してもらうのではなく、まず患者さんご自身が今どうしたいのか、何をしたいのかという思いを大切にして、それをかなえるために自分たちの知識を総動員するのがわれわれの役割だと思っています。患者さん自身が持っている力や元気になりたいという力をいかに引き出すことができるのかということです。在宅医療には医師や看護師、介護士、ケアマネジャーなどさまざまな立場の方が多く関わるのですが、常に「患者さんがどうしたいと思っているのか」をコミュニケーションの中心に置くことが大切で、その部分がブレないように気をつけています。
患者さんとの思い出に残るエピソードはありますか?
訪問診療を始めた頃、患者さんから感謝されることがとても多くありました。それで私は鼻が高くなってしまっていたのですが、ある時、がんの末期でもうできる治療がないと言われて自宅に帰ることになった40代の女性の在宅医療を頼まれました。末期がんということで、モルヒネを使って痛みを取り除いてあげようと意気込んでいたところ、その女性のお母さんから電話があり、「もうできる治療はないと言われたけれど、諦められないから大阪の病院に行きたい」と伝えられたんです。その時に、この女性は死ぬために家に帰るのではなく、最後まで生き抜くために家に帰るんだと気づかされました。がんや難病だったとしても諦めずに、患者さんのやりたいこと、希望する治療を提供してサポートしていきたいと強く思うきっかけとなった、思い出深い患者さんです。
良い最期を迎えるために「どう生きるのか」を考える
患者さんと向き合う時に、心がけていることはありますか?
何が患者さんにとっての幸せなのか、何が元気をなくす原因なのかを探るということです。当たり障りなく胸の音を聞いたり、血圧を測ったりすることを目的にするのではなく、いつもと異なる様子はないか、どうすればその方が笑顔になれるのかを、いつでも気にかけるようにしています。私は外科にいた頃から「自分の常識だけで考えない」ということを大切にしてきました。本当にその人にとって大切なことは何か? 例えば、リスクがあっても患者さんが手術をしたいというのであれば、そのリスクを最小限にする対策をした上で手術をすることもありましたし、食べるということを患者さんが最優先に望んでいるのであれば、原因は取りきれなくてもとりあえずごはんが食べられるように腸のバイパスをしたこともありました。その人が望むことをかなえるにはどうしたら良いのか。そういう意味では、外科時代の知識が現在も役立っていると思います。
家族に訪問診療や介護施設の利用を勧める際、どのようなことに気をつけたらよいでしょうか。
患者さん自身に何か困っていることがあるのなら、「それを一緒に解決しましょう」というスタンスを持つことがまずは大切だと思います。「面倒を見るのが大変だから施設に入ってほしい」と伝えても、なかなか理解はしてもらえないのではないでしょうか。日常生活の困り事に対して、「サポートしてくれるところを一緒に探してみましょう」というアプローチが良いと思います。
最後に、読者へのメッセージをお願いします。
「いい死に方」をするためには、日頃から「どう生きるのか」を自分でしっかりと考えておくことが大切です。自分の人生や生き方を決めるのは自分自身ですから、それを誰かに決めてもらったり、誰かに言われて決めたりするとつらさだけが残ってしまいます。「医師がこう言うから、もう何もできない」とか、「施設がこう言うから、もう看取らないといけない」というように、誰かに何かを言われて諦めるということはしてほしくありません。人生の締めくくりに立ち会わせていただく在宅医療に携わる医師として、良い終わりを迎えるための良い生き方を一緒に考えていきたいと思います。また、今後は対症療法だけではなく、健康寿命を延ばすための予防にも力を入れていきたいと考えています。何か困り事があれば、お気軽にご相談ください。