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岡田 千佳子 院長、岡田 晃乃 先生の独自取材記事

AKIデンタルクリニック

(大阪市阿倍野区/天王寺駅)

最終更新日:2019/08/28

184024 aki

JR大阪環状線・地下鉄御堂筋線天王寺駅ターミナル直結。今をときめく大阪の新名所、「あべのハルカス」タワー館21階のメディカルフロアの一画に「AKIデンタルクリニック」はある。開業したのは、ビルのオープンと同じ2014年のこと。以来3年半近く、愛ある治療をモットーに、都心のかかりつけ医として着実な歯科診療を展開している。クリニック名に冠されたのは、同院の歯科医師を取りまとめる若き女性歯科医師、岡田晃乃先生の名前。そして、晃乃先生の母親であり医師でもある岡田千佳子院長が和装で出迎える。そんな両先生に、開業の意外な経緯や診療におけるコンセプト、スタッフや互いに対する思いなど、それぞれが医療をめざしたきっかけなどを交えてじっくり聞いてみた。
(取材日2017年9月12日)

突然の開業の機会に敢然とチャレンジ

「あべのハルカス」で開業することになった経緯を教えてください。

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【岡田院長】こんなところで開業するなんて、当初はまったく考えていませんでした。ところが、ここで歯科を開くはずだった先生の具合が悪くなって開業を辞退されることになり、急遽、医師である主人が理事長となって引き継ぐことになったんです。主人も私も医師ですが、歯科医師ではありません。それで、その歯科で働く予定だった娘の晃乃に白羽の矢を立てたんです。晃乃はまだ歯科医師デビューしたばかりでしたから、当然、やるとなったら全面的にバックアップしなくてはなりません。それならと私も医師の仕事を辞め、院長として娘をしっかりサポートしていこうと決めたわけです。

晃乃先生にとっては、さぞ重責だったでしょうね。

【晃乃先生】とにかく圧倒的なプレッシャーでした。そもそも、当院での勤務も、大学病院とのかけもちで、週2、3回、手伝う程度の予定だったんです。研修を終えたばかりの身ですし、学生時代から開業意欲のあるタイプではありませんでしたから、友人たちの間では「なんだか晃乃がすごいことになってる」という噂になっていました。それでも父と母が後ろから強力に支えてくれましたし、一緒に働いてくれる先生方やスタッフにもすごく助けていただき、不安からはずいぶん解放されました。私自身、まだ経験が浅く、つまづくことだらけでしたが、逆に駆け出しだからこそ、わからないことがあっても素直に質問できたんです。おかげで自信過剰になることもなく、みんなに教えてもらいながら成長できたのは、幸運だったと思っています。

そんな晃乃先生を、院長はどのように支えましたか?

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【岡田院長】まずは、この子を支えるスタッフ選びが第一の苦労でした。運が良いことに、本当にいい先生方や、いい歯科衛生士さんばかりに協力してもらえたと思っています。スタッフが整うと、次の使命はクリニックを無事に立ち上げることで、あらゆる備品を買いそろえたり問診票の整理に追われたりしていると、「せっかく医師免許があるのに、もったいない」などと、知り合いからはよく言われたものです。そのうち、うまく回るようになったら手を引こうと考えていたのですが、あにはからんや、やることが次々に増えるんですね。それをどんどん充実させていったのが、これまでの3年間でした。

保険診療を基本に「愛ある治療」を提供する

こちらへは、どのような患者さんが来られますか?

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【岡田院長】まず多いのは、このビルで働いておられる方です。「ハルカスワーカー」と呼ぶのですが、ときどき予約時刻になっても来られないので電話を入れると、「あっ、忘れてた!」と、あわててエレベーターでやって来られます。一方で、わざわざ奈良などの遠方からお越しになる方もいます。天王寺駅の真上にありますので、お住まいの地域の歯科にバスに乗って行くよりも、いっそ、こちらへ出たほうが早いようですね。ただ、こんな場所ですから、料金が高いんじゃないかと思われがちなんです。開業当時、電話の問い合わせでは、「保険診療できますか?」という質問が一番多かったですね。「もちろん基本は保険診療ですよ」と、説明させていただきます。

院長は大学院を出ていながら、医科大学に入り直したとのことですが。

【岡田院長】私が医師になったのは結婚してからなんです。夫はそのとき大学勤務で、医師の先生方をしょっちゅう家に呼んでホームパーティーを開いていたんですね。それで丹精込めて料理を用意するのですが、医師の話には参加できなくて、つまらなかったんです。それで私も医学を勉強しようと思い、大阪医科大学に入って医師になりました。その頃には晃乃の姉である長女が生まれていて、大学2年の夏休みに晃乃を産んだんです。手のかかる子だったら大学を辞めなきゃならないと覚悟していたのですが、いざ生まれてきたら、これなら大丈夫だと。それがこの子の最初で最後の親孝行ですね(笑)。仕事をしながらの子育ては、それほど大変でもなかったんです。でも、そう思えるのは家族みんなで支え合ってきたからかもしれないですね。

今の院長としてのお仕事を、どうお考えですか?

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【岡田院長】私、いつも着物姿で立っていますが、初めての方は「ここ、歯医者ですよね?」と、だいたい目を丸くされます。そうやって表に出てはいるものの、主役はあくまで晃乃だったり他の先生方だったりで、私自身は完全に裏方なんですね。仕事はやりがいがあって楽しいと思いますが、今はもう、私がいなくても回るんですよ。今、院長として一番に思うのは、本当にいい治療というか、まっとうな治療を患者さんに提供することです。当院にいる先生の一人が「愛ある治療」と呼んでいる、まさにそれですね。中途半端な治療だと、そのときは良くても何年かすれば悪いところが出てくるんですね。そんなことのないように、本当に愛のある治療をしてあげたいと、つくづくそう考えています。

笑顔で帰ってもらう、それが第一のコンセプト

晃乃先生は、どのような少女時代を過ごしましたか?

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【晃乃先生】小学2年生までは、学校から帰ってきても家の庭や目の前の公園で遊ぶのがせいぜいで、友人も1人きりというちょっと引っ込み思案な女の子でした。それが大阪の上本町に越してくると、こっちの子は「遊ぼう、遊ぼう」と声をかけてくれて、そのおかげで私も外に出るようになったんです。やはり両親が医師だったので、医療系に進みたいというのは子ども心にありました。そんな中、高校2年生になって進路に迷っているときに、大学生だった姉が顎変形症の手術を受けたんです。普通の人よりも下顎がちょっと小さく、そのせいでご飯が食べにくいということがあったのですが、手術をしてからすごく食べやすくなったと喜ぶのを見て、歯科医師もいい仕事なんだなと気づいたわけです。それが歯科医師になるきっかけでした。

こちらでは、どのような診療を心がけていますか?

【晃乃先生】私や院長だけでなく、他の先生もスタッフも、みんながコンセプトとして一番に置いてるのは、すべての患者さんに、出入り口の自動ドアを笑顔で出て帰っていただくことなんです。だからといって、患者さんが求めることだけに応えていればいいのではありません。そこだけしか治療しないと将来、どういう事態が起こるかをきちんと説明して、納得いただければより良い治療を進めていけますし、時間的な制約など、いろいろあるとは思いますが、やはり口の中をトータルに健康にできる治療をめざしたい考えています。幸い、当院には全体的な視野で判断してくれる先生ばかりが集まってくれていますから、私もそれを見ながら3年間、じっくり勉強することができました。

最後に、スタッフや院長に対して一言お願いいたします。

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【晃乃先生】院長はすごくタフなんです。脇から見ていて、よくあれだけの仕事を一日に詰め込めると感心します。母が院長として同じクリニックでそばにいてくれる、その安心感は言葉では言い表わせません。面と向かっては言わないですが、私の感謝の気持ちはちゃんと伝わっていると思います。あまり無理をしない範囲で、できればこれからも支えていてほしいと願っています。医院としては、他の先生や歯科衛生士、助手から受付まで、スタッフ全員が当院で働くことにやりがいを感じられるクリニックでありたいですね。そのために私もさらに意識を高め、スタッフの支柱になれるように頑張りたいと思います。

※歯科分野の記事に関しては、歯科技工士法に基づき記事の作成・情報提供を行っております。
カスタムメイド矯正装置(マウスピース矯正)については、効果・効能に関して個人差があるため、 カスタムメイド矯正装置(マウスピース矯正)を用いた治療を行う場合は、必ず歯科医師の十分な説明を受け同意のもと行うようにお願いいたします。

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