船曳耳鼻咽喉科・めまいクリニック

船曳 和雄院長

20181225 bana

六甲道駅から徒歩4分、六甲本通商店街の中にある「船曳耳鼻咽喉科・めまいクリニック」。船曳和雄院長の父が開業した医院を再開させ、船曳院長の専門であるめまい治療に力を入れている。船曳院長は1990年に京都大学医学部を卒業後、神戸市立中央市民病院で研修医時代を過ごし、京都大学医学部附属病院の耳鼻咽喉科でめまいの外来を担当。2000年から3年間アメリカに留学するなど、長年めまいについて熱心に研究してきた。その経験を生かし、同院では一般耳鼻科だけでなく、めまいの専門的な診療も行っている。アメリカ留学について、また開発に携わった診療機器のことや、専門としているめまいについて、じっくり話を聞いた。
(取材日2018年12月5日)

留学、大学病院・研究所勤務を経て、開業医の道へ

―フクロウがクリニックのマスコットキャラクターなんですね。

フクロウはものすごく耳がいいんですよ。アメリカに留学していた時にも研究でフクロウを使っていました。視力があまり良くない分、獲物を捕らえる時にも聴力を頼りに獲物がいる位置を確認して捉えるんです。私の留学していた研究室では当時フクロウは30羽くらい飼育されていたとおもいます。開業するにあたり、クリニックのマークがあったほうがいいかなと考えた時、そういったことから、フクロウがいいかなと思ったんです。

―これまでのご経歴と、開業に至るまでの経緯を教えてください。

1990年に京都大学医学部を卒業後、神戸市立中央市民病院で研修して、それから京都大学医学部耳鼻科の大学院に入学し、同時に京都大学付属病院のめまい外来を担当し始めました。それから2000年から2003年の3年間、アメリカのカリフォルニア工科大学に留学し、フクロウを使った聴覚の研究をしていました。帰国後は京都大学医学部の研究機関や大阪バイオサイエンス研究所に所属しつつ、京都大学付属病院のめまい外来を引き続き担当していました。長年基礎研究にも携わっていましたが、当時手がけていた研究が一段落したのをきっかけに、臨床面で専門としていためまい診療中心のクリニックの開業を決めました。

―医師を志したのは、耳鼻科医師だったお父さまの影響があったのですか?

父は耳鼻科、母は産婦人科の医師でした。両方の影響を受けているとは思いますが、医師を志したのはどちらかと言えば、母からの影響のほうが強いかもしれません。父は自分が小さな時から耳鼻科を継いでほしかったようですが、実際に継いだのは父が亡くなって数年たってからでした。まあ、どこかで見ていて、喜んでくれているとは思います。医師自体はいい仕事だとずっと思っていました。患者さんとおしゃべりするのも好きですし、自分に合っているかなと思ってました。実際に医師になってから、父からは「自分の都合で勝手に休むな」とよく言われていました。父は病気をした時も休みは最小限に抑えてましたし「患者さんのために」という考えは父から影響されているかなと思います。学会に参加するために休むことはありますが、ほかの時には勝手な休みは取らないようにしています。

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