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諸井 隆一 院長の独自取材記事

桜堤ファミリークリニック

(武蔵野市/武蔵境駅)

最終更新日:2020/04/01

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自然豊かな武蔵野の住宅街にあるマンション「パークシティ武蔵野桜堤 桜景邸」の1階に6月、長く救急医として重症患者を救ってきた医師が「桜堤ファミリークリニック」を開業した。「調子が悪くても、ここに来れば安心と思われたい」と語る諸井隆一院長は、穏やかな笑顔が印象的なドクターだ。25年間大学病院の緊急医療に携わり、過酷な現場と向き合ってきた人だけが持つ、落ち着いた頼もしさも感じられる。50坪の広い院内にずらりと取りそろえられた医療機器は、内科・外科を問わず総合的な診療を行うためのもの。「特定分野を極めるスペシャリストではなく、何でも診られるゼネラリスト」をめざす諸井院長に、救急医を志したきっかけ、めざす診療のあり方、クリニックに込めた思いについて語ってもらった。
(取材日2016年7月4日)

救急医の経験を地域の患者のために生かす

長年救急に携わっていらっしゃったそうですね。開業を決意したきっかけと経緯を教えて下さい。

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25年間、東京女子医科大学救命救急センターで救急医として勤務してきたのですが、50歳を過ぎ肉体的な負担が大きくなったことや、両親が高齢になり心配なことなどが開業を決めた理由です。いずれ自分のクリニックを持ちたいという気持ちもずっとありましたし。開業場所に武蔵野を選んだのは、私自身が国分寺で生まれ、このエリアに親しみがあったことと、母の友人から「この辺りはマンションや団地がたくさんあるのに、クリニックが少なくてみんな困っている」と聞いていたからです。私がめざす総合診療の観点から、どうしても「45坪以上の面積」が必要だったので、この物件がちょうど適していました。環境面でも緑が多く、お子さんから高齢者まで400世帯ほど住んでいらっしゃって、家庭的な雰囲気が気に入っています。

医師を志したのはいつ頃ですか?

医師をめざしたのは、小学校3年生の時に交通事故に遭ったためです。かなり大きな事故で、顔の骨がばらばらになって、1ヵ月半入院をして4回手術を受けました。子ども心に不安だったのですが、とてもきれいに治していただきました。当時は人型ロボットが主人公の有名なSF漫画が好きで、科学に興味を持っていたので「あぁ、人の体を治せるお医者さんはすごいな。お医者さんになりたいな」と思うようになりました。

もともとは外科医で、救急医に変更されたそうですね。理由はなんですか?

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香川大学を卒業後、東京女子医大第二外科に入局して研修医として勤務していた時のことです。当時は外科医だったのですが、2年生が終わる頃にたまたま救急科に回されたのです。医者になってまだ2年目、外科では何もさせてもらえなかったのに突然、救急科で開胸やさまざまな手術を任され、「救急医はすごいな」と思ったんです。もともと救急医になりたかったのですが、当時は、特定分野を極めるスペシャリストの時代だったので、「スペシャリストでも何でもないところに行ってどうするの?」というようなことを言われていました。ただ、私は親戚に医師がいないので、例えば飛行機に乗っていて急病人が出た時に、「お医者さんはいませんか?」と言われて、「はい」と手をあげられるような医師になりたかった。それが救急医なら、やはり救急医になろうと思い、3年目の時に外科医から救急医に変わりました。

めざすは「身近にあって何でも診られる総合診療」

東京女子医大に在籍されていた頃は、あちこち出張に行かれたそうですね

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大分県や長野県といろいろな病院に出張しました。大分に行ったのは「救急医になります」と言っている時で、外科からの出張だったのですが楽しかったですね。その病院の先生にかわいがっていただいて、外科の手術も経験させていただきました。先ほどお話したSF漫画と同じ人気漫画家が手がけた医療漫画があるのですが、先生はその作品の主人公のような外科の名医だったんです。とても勉強になりました。長野の病院には、入局して4年目の時に外科の医長として行きました。まだ若かったのですが、食道がんの手術を任されて鍛えられましたね。その後は、東京女子医大に戻って救急に携わり、月に1度は救急車を呼ぶ前の相談ダイヤル「#7119」の相談員を担当していました。阪神大震災や東日本大震災の時は、災害派遣チーム(DMAT:ディーマット)として現地で治療にあたったこともありましたね。

今年6月に開院されたこのクリニックは、グリーンが基調の爽やかな内装ですね。

グリーンは、患者さんがホッとできる色にしたいと思い選びました。この辺りは緑が多いので、周辺の景色と調和するように意識しました。キッズスペースは妻のアイデアです。おままごと用のキッチンや、車遊びが楽しめるプレイマットなどはすべて同じお店でそろえました。女性の目線はとても大切だと思うので、内装を考える時は妻の意見を参考にしましたね。妻が妊娠していた時や、子どもが生まれた後、「病院に行くと困ることがたくさんある」と言っていたことから、当クリニックではおむつ替えができる多目的ルームを作り、子どもたちが夢中になるおもちゃを置いて、お母さんが安心して来院できるようにしています。子ども向けのビデオを流しておくと、みんな大人しくおもちゃで遊びながら観ていますよ。

ここではどのような治療が受けられますか?

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内科・外科・消化器内科・内視鏡内科などです。もともとの専門が消化器外科なので消化器は得意ですが、救急時代の経験から幅広く診ることができます。本当は「何でも診ることができます」という意味で、「総合診療科」と上げたかったのですが、クリニックでは上げられませんでした。とはいえ、めざすのは「身近にあって何でも診ることができる総合診療」です。調子が悪いなと思った時に来ていただければ、症状に合わせて適切に診断し治療を行い、深い部分に関しては知り合いの医師や然るべき病院にしっかりとお送りします。そのために、このクリニックはいろいろな医療機器を導入して、総合的な診療ができるようになっています。

スペシャリストでなく、ゼネラリストであること

先生が考える診療のあり方について教えてください

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スペシャリストではなく、何でも診られるゼネラリストでありたいと思っています。今は少し変わってきましたが20年前の医療界では、スペシャリストを育てる教育に重きが置かれ、ゼネラリストになろうという志の医師はいませんでした。実際、私も最初は消化器外科医になろうと思っていましたし。しかし現実に目を向けると、患者さんは自分の病気が外科的なものか、内科的なものか判断がつかないことが多いのです。かかりつけ医制度が推進される今、私たちクリニックの医師がゼネラルな立場で患者さんの疾患を見極め、しっかりと紹介状が書けるようにならなければいけない。これからの日本は、ゼネラリストの医師を育てていかねばならないと感じています。

診療後やお休みの日はどんな風に過ごされていますか?

診療後は帰宅が午後10時頃なので、食事をして子どもをお風呂に入れて、一緒に寝て1日が終わります。休診日は木曜日と日曜日ですが、木曜日は勉強のために内視鏡の師匠がいる病院に通っています。内視鏡で大切なことは、患者さんに負担をかけないことと診断能力です。いくらカメラの挿入が上手でも、診断で病気を見逃しては意味がありません。医師はたくさんの症例を見ないと能力が落ちるので、ずっと師匠に付いて診断能力の高いカメラを見せてもらっています。唯一の休日である日曜日も、クリニックの残務処理があるので、休みという感じがしないですね。でも、ずっと救急医で休みがなかったので、休みがあると困ってしまうんです(笑)。

最後に、今後の展望と読者へのメッセージをお願いします。

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どんな症状も総合的に診ることができるクリニックとして、地域のみなさんのお役に立ちたいと思っています。「ここに来れば安心」と気軽に来てもらえるようにしていきたいですね。キッズルームや、おむつ替えのできる多目的ルームも用意しているので、お子さんのいる方も安心してお越しください。また、お子さんの場合も、風邪などの内科的なものはもちろん、ケガなどの外科的治療にも対応しますので、困ったことがあれば気楽にいらしてください。私にも2歳の子どもがいるので、お子さんを診るのは得意ですから。今後の予定としては、遅くとも8月には電話・スマートフォン・インターネットによる予約システムを開始します。また、ゆくゆくは往診も視野に入れていきたいと思っています。

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