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浅見 和弘 院長の独自取材記事

あさみ内科クリニック

(八王子市/八王子駅)

最終更新日:2019/08/28

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「患者さんのことを一生懸命に考えることがやりがい」と話すのは、八王子駅からバスで15分ほどの場所にある「あさみ内科クリニック」の浅見和弘院長。その経歴は、常に患者とともに歩んできたものといえる。大学卒業後、幅広く地域に医療貢献したいと出身地である長野の病院に勤務。内科で治療にあたる中で呼吸器系疾患の患者が多いのに医師が少ないと感じ、呼吸器科でも経験を積んだ。その後、より専門的に学ぶために国立病院機構近畿中央胸部疾患センター(大阪府)での勤務や肺がんの研究に従事。開業前には、がんの患者を最期まで見守りたいと、東京で在宅介護の経験を積んだ。常に患者のニーズに向けてたゆまぬ努力を続けてきた浅見院長の原動力は何か、話を聞いた。
(取材日2016年3月29日)

肺がんなど呼吸器疾患の分野で高度医療を経験

こちらの患者層を教えてください。

以前あったクリニックを引き継いだ形になるので、現時点では、患者さんのボリュームゾーンは高齢者。私はこれまで、呼吸器科と内科で経験を積み、とりわけ肺がんについては力を入れてきました。その強みを生かして当院でも内科と呼吸器内科、そして呼吸器の病気と関連の多いアレルギー疾患の治療をメインにしながら、幅広い層の患者さんを診察していくつもりです。呼吸器系の疾患は急変することが多いのですが、症状に出る前に診断して薬を投与しておけば、急変を抑えることができますので、当院では基本的な検査を行えるようにしました。CT検査など精密検査は八王子山王病院に協力していただき、速やかに検査できる体制をとっています。たばこもよくありませんので、禁煙相談も行っています。糖尿病や高血圧といった慢性疾患をお持ちの方が多いですね。

具体的にご経歴を教えていただけますか?

岡山大学医学部を卒業後、大学の医局に残って専門性を高めるよりも幅広く地域医療の役に立ちたいと考え、出身の長野県に戻りました。スタートは飯田健和会病院の内科。より地域に密着したいと、長野県伊那にある診療所に移ってケアマネジャーや看護師との連携の仕方も含めた在宅診療の基本も学びました。長野県には呼吸器疾患の患者さんが多いものの呼吸器を診ることができる医師が少ないことを実感したので、そこからは、地域の要望に応えるためには呼吸器のことも詳しくならないといけないと思い、長野県の松本協立病院の呼吸器科で経験を積む道を選びました。

常にニーズを見極めて進路を決めてきたのですね。

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そうですね(笑)。その後は呼吸器の分野をさらに極めるため、大阪にある呼吸器の高度専門医療施設、国立病院機構近畿中央胸部疾患センターでも研鑽を積みました。そこにはレアな疾患の患者さんが多く、普通の医師が5~10年かけると言われる経験を1年半で積みましたね。その後は再び松本協立病院へ戻ったのですが、画像の診断に迷うときは、大阪の医師に相談をすることもありました。最初は見立てに自信がなかった私も、少しずつ自信が持てるようになりましたね。

患者のことを一生懸命に考えることがやりがい

がんも専門にしてきたそうですね。

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呼吸器の患者さんの治療をしている中で、次第に肺がんの臨床研究にも携わるようになりました。それまでは若い人をターゲットに行われることが多かったある肺がんの薬の臨床試験を、世界で先駆け的に高齢者をターゲットに実施しました。もちろん一人では行えませんから、いろんな先生に呼びかけて実施したんです。その結果が認められたこともあり、再び近畿中央胸部疾患センターに戻ることになりました。肺がんは予後が悪く、診断から1年以内に亡くなる方が多かったんですよ。ところが病院で亡くなる方の割合は3分の1以下で、多くの方はホスピスや自宅で最期を迎えます。最期まで看取れないのです。そのことが常に気になっていた私は、最期まで寄り添いたいと思い、東京にある在宅医療に力を入れているグループに入り、高齢者医療のノウハウを学びました。

開業したのはなぜですか?

最初にお話ししたように、幅広く地域医療の役に立てる医師になりたいというのが私の希望でしたから、一般の内科にも在宅医療にも携わりたかったのです。そんな時、住まいからも比較的近いこの場所で開業できるチャンスをいただきました。病棟や検査業務など病院では患者さんのペースで診療を行うのは難しいものです。開業してよいと思ったことは、患者さんのペースに合わせてお話を聞いたり、相談したりすることができることです。あせらず、せかされず患者さんと関われることがうれしく思います。患者さんの目線に立った治療をすることが大事です。病気を患うとしばしば心も患います。患者さんの立場になって「こうされたらうれしいだろうな」と思うことを、仕事としてではなく「普通に」やっていきたいですね。当院のスタッフは、この場所に以前あったクリニックに勤務していた人たちが続けて働いてくれています。だから心強い面もありますね。

新しい分野を学んだり取り組んだりと、その原動力はどこにあるのですか?

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この仕事が好きだからですね。医師の仕事は非常にやりがいがある。これまでに、後悔はいっぱいあるんですよ。「これが良かった」と思うこともほとんどないんです。でも、常に患者さんのことを一生懸命に考えることが、私にとってやりがいなんです。実は呼吸器内科に力を入れてはいますが、以前は消化器内科の先生の医院だったため、上部消化管内視鏡があるんです。私も上部消化管内視鏡を使った検査は経験があり、引き継いで胃カメラ検査をやっています。「今までできたのに、これからはできなくなった」では、通っていた患者さんにとって不利益ですからね。これからも患者さんと触れ合う時間を大切にし、微々たる力でも助けになっていきたいと思っています。

幅広い地域で役に立てる医師をめざして

先生は、なぜ医師を志したのですか

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小さい頃に医師が活躍するマンガを愛読していたせいか、なんとなく医師になりたいと常に思っていましたね。父は医師になることに賛成してくれましたし、せっかくなら開業医になったほうがいいと言ってくれました。父は高校の教師だったのですが、定年退職後に英語を教える教室を開業していたんです。そのせいか、自営であれば自分の色を出せるというようなことを言っていましたよ。私は最初、研究のほうが面白いなと思っていたのですが、父は偉大で、なんだかんだ言って私のこともよくわかっていたのでしょうね。結局は、私も開業したいと思うようになったわけですから。

プライベートはどのように過ごされていますか?

現在は、看護師でもある妻が事務の仕事もしてくれているのですが、慣れない業務なので大変なんです。そんな妻を少しでも助けるために、できる限り、私が5歳と12歳の子どもの世話をしています。話したりお風呂に入ったりする中で、これまで子どもは父親の愛情に飢えていたんだと気付いたことはよかったかな。趣味というと、大学時代は硬式テニス部に入って打ち込んでいました。医学部の体育会系は結構厳しいんです。先輩の言う事は「絶対」でしたからね。そう、「絶対」と言えば、大阪の病院に勤めていた時に出会った肺がんの先生にも「要請に対しては断ってはいかん」と教えられましたね。人格的にも尊敬する方に言われると、そのとおりやりたくなるもので、損得考えずに何でも取り組んできました。おかげでどんな仕事も意義があることに気付けました。「大変でもやる」という私のコアや信念を作ってくれたのはその先生ですね。

今後のご展望について教えてください。

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これからはお子さんも増えてほしいので、4月から予防接種なども始める予定です。新しくオープンし、大きな病院では感じたことがなかった思いも経験しています。大きな医療機関だと診察以外の業務も非常に多く、診療に十分に時間をかけることが難しい状況でした。でも開業してからは「何かあればすぐに来てくださいね」という言葉を本音で言えます。以前も気持ちはありましたが、今のほうが心からそう言えるんですよ。患者さんにめいっぱい気持ちを傾けることができることは、開業医ならではのやりがいですね。地域に根ざす診療というのは、患者さんのニーズに応えて柔軟性のある診療を行うことだと思います。そのために、日々研鑽を積み重ねて、患者さんの要望に幅広く応えていけるクリニックを目指したいと思っております。いずれは地域に広く貢献できるよう、通院が難しい人のために在宅診療を始めていきたいですね。

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