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朴 真紗美 院長の独自取材記事

まさみ眼科クリニック

(京都市山科区/東野駅)

最終更新日:2020/02/25

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京都市営地下鉄東西線東野駅6番出口から南へ約300メートルほど進んだビルの1階に「まさみ眼科クリニック」はある。オレンジ色のダウンライトに照らされた落ち着いた雰囲気の待合室には茶室の設えがあり、茶道をたしなむ朴真紗美(ぱく・まさみ)院長の患者への心遣いが感じられる空間となっている。朴院長は、緑内障を中心とする一般診療の中で、障害のある患者の眼科診療にも情熱を持って取り組む医師。その穏やかで優しい口調からは、包容力とタフな面も垣間見えた。上品なたたずまいのクリニックにて、朴院長にさまざまな話を聞いた。
(取材日2019年11月18日)

一般診療の中で、障害のある患者の診療にも注力

大学を卒業してから開業までの経歴をお聞かせください。

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1992年に滋賀医科大学を卒業してから4年間は神戸中央市民病院に勤務し、眼科と救急を学びました。その後、母校の大学院に進学。卒業後の3年間は博士研究員として働き、計7年間は研究にも従事しましたが、最終的には人と接し誰かの役に立てることを実感できる臨床医を選び、2006年までは京都府宇治市にある千原眼科医院に勤務しました。専門である緑内障の手術や論文書きなどの指導を受け、その後は韓国に1年間留学しました。帰国後は京都市内の武田病院と音羽病院で臨床経験を積み、2014年に当院を開業しました。

眼科を専門に選んだのはどういったきっかけだったのでしょうか。

治療することが社会復帰につながりやすい分野であること、また、直径わずか24mmという小さな眼球に神経をはじめさまざまな組織があり、シンプルな中にも奥深い魅力を感じ眼科を専攻しました。韓国の留学は大きなターニングポイントでした。博士研究員として働いていた頃に韓国ドラマに興味を持ち、学生時代以来途絶えていた韓国語の勉強を再開しました。すると韓国社会を知りたいという思いが次第に強くなり、主人の許可を得て1年間留学しました。当初はソウル市内の延世大学の研究室に属していましたが、病院勤務を希望し就職活動を行うも予想以上に閉鎖的な社会で、結局は病院での臨床経験を持てずに1年で帰国しました。しかし多くの韓国の先生方と知り合い、今も交流が続いています。

開業に至った経緯についてお聞かせください。

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帰国後に3年間ほど離島奄美大島で、数ヵ月に数日間障害児だけを診療する機会がありました。検査や診察が難しい障害児たちも、適切な眼鏡をかければさまざまなものに興味を持つことにつながり、ひいては言葉も多くなる様子に驚きました。学会で出会った岐阜県の視能訓練士と一緒に仕事をしていたのですが、彼女はどんな子どもにも視力検査を行い、遠視や乱視などの屈折異常があれば早期より眼鏡装用する重要性を教えてくれました。眼鏡1つでこんなに人の役に立つことができると知り、この医療を展開発展していく場を持ちたいと開業を考えました。しかし勤務医として病院で多くの症例を学び手術も継続したく、開業を始めた頃は半日を4回、計2日しか診療していない状態でした。今ではクリニックと病院勤務の比率は逆転し、地域の方が気軽に頼れる医院として一般診療を主として行っており、その中で障害のある方には予約時間などを配慮して診療を行っています。

本当に必要とする人に医療を届けたいという思い

特に印象に残っておられるような患者さんとのエピソードはありますか。

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1年ほど前に手術も担当したアトピー性白内障の20歳の男性です。知的レベルは3歳、体重は100kg、自閉症とアトピー性皮膚炎があり顔面を叩く自傷行為もありました。左眼は自傷から網膜剥離になり見えない状態に。右眼は白内障により視力が低下し、行動がおかしいとのことで当院に来られました。ご自宅近くの大学病院では興奮して暴れ近づくこともできなかったとのことです。自閉症の方は新しい環境に慣れるのに時間がかかります。まず診察室に入られるまでに数回通院いただきました。非常勤医として勤務する音羽病院アイセンターでも、外来診察・検査・入院施設などの様子をタブレット型端末に写真を撮り、事前に見ていただくことで徐々に慣れていただきました。麻酔導入の練習も何度も行い、病棟スタッフも自閉症の勉強会を開くなど、病院側にも大いに協力いただき手術に臨みました。大学病院での治療が難しい方にも適切な医療を提供できたと思います。

なぜ障害のある方の医療に積極的に取り組んでこられたのでしょうか。

1995年の阪神・淡路大震災の時に神戸に住んでいましたが、数十秒の地震で街が崩壊することを体験し、以後キリスト教に興味を持ちました。そこで教えていただいたのは、「自分に何も誇れるものはない、ただ神様を慕う心をもつ者にこそ神の愛は注がれる」ということです。自分を誇示しない人とはと考えたとき、一般社会から離れ忘れられがちな存在である障害者に自然と目が向くようになりました。そして彼らに十分な医療が届いているのであろうかと思い、母校近くの重症心身障害者施設である、びわこ学園医療福祉センター草津に、「月に1日しか来られませんが、眼科医療は必要ないでしょうか?」と私から訪ねました。以来その病院でも約20年間非常勤医として働いています。

一般眼科にはどういった症例の方がお越しになりますか。またスタッフさんの状況は?

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午前診は主に私の専門である緑内障や白内障のあるご高齢の方、夕診はドライアイや結膜炎などがある仕事帰りの方や、近視の進行がみられるお子さまの受診が主です。受付は数名のスタッフが対応、検査は国家資格を持った眼科検査の専門員である視能訓練士が主に担当しております。小さなクリニックですが、しっかりと検査をする視能訓練士がほぼ常駐していることも特徴です。

早い時期に目の屈折検査を行うことを啓発していきたい

待合室に茶室があることに驚きました。

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担当患者さんの一人に茶道をされているたいへんすてきな方がおられます。私もお茶の飲み方ぐらい知りたいと思い、十数年前に茶道を習い始めました。茶道を通して禅を学んでいます。良いことも悪いことも、起こった出来事を静かに受け止めていくという自分のトレーニングになりますね。このクリニックの大まかな設計は私が行いました。子どもの点眼を畳に寝かせたほうが行いやすい場合もあり、またお茶室やお道具が持つ心を落ち着かせる効果も活用したく、この畳の空間を考えました。待合室入口の扉も外枠以外は透明のアクリル板に変え、白い細いテープを格子状に張ることで、障子扉をイメージしました。クリニックに思えない内装だけど落ち着いた待合室ですねと、意外と好評です。

子どもをお持ちの保護者に伝えたいことは?

子どもの視機能の感受性は1歳半がピークといわれています。乳幼児期のできるだけ早い時期に一度専門的に診てもらうことをお勧めします。遠視や乱視などの屈折異常があれば積極的に眼鏡装用を勧めますが、眼鏡がきちんとかけられているかどうかまで診ることも大切だと考えています。これは障害児の診療を通して学んだことですが、眼鏡処方箋を発行するだけでは、まず多くの患児たちは眼鏡をかけてくれません。お顔立ちに合わせた眼鏡フレームを紹介したり、装用状態もフォローするように常に心がけています。また40歳以降の方にも一度眼科受診をされることをお勧めします。気づかない間に視野欠損が進行する緑内障は40歳以降の日本人の5%にみられるといわれています。60歳代、70歳代の方が初めて眼科を受診され、中期あるいは末期まで進んだ緑内障を指摘されることもあります。

最後に今後の展望と読者へのメッセージをお聞かせください。

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今は情報の80%は目から入る時代といわれています。乳幼児期に屈折異常をきちんと矯正し、よく見える状態で過ごしていただくことは、その時期の発達に大いに関係するとても大切なことです。当院には検査の際に顎台に顔を載せられなくても、手持ち用の検査機器などをそろえてありますので、他の病院で検査ができないと言われた方にも、可能な範囲での検査・診察を進めていきます。現在、総合病院でも外来担当・手術を行っています。緑内障・白内障をはじめさまざまな病気に対しても、病院レベルの診療を受けられる身近なクリニックとしてもご利用ください。

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