岩本 善嵩 院長の独自取材記事
岩本診療所こうべ往診クリニック
(神戸市中央区/春日野道駅)
最終更新日:2025/10/15

「岩本診療所こうべ往診クリニック」は、神戸市中央区の拠点を中心に東灘区から兵庫区までを診療範囲とする在宅医療専門のクリニック。2025年5月に現在の場所へ移転し、地域のニーズにより密接に応えられる体制を整えた。疾患を問わず受け入れることをモットーに、患者が住み慣れた環境で快適に暮らせるよう24時間・365日体制で在宅療養を支えている。「点ではなく面で」患者と家族を支えることを大切にする岩本善嵩(よしたか)院長は、患者を通じて地域や情報をつなぐ旗振り役としての役割を担っている。インタビューは、患者への強い想いを共有したスタッフも同席し、和やかな雰囲気の中で進行した。今回は、このクリニックの支柱となっている患者と地域への思い、診療の体制、今後の抱負、など在宅医療にかける熱い思いを聞いた。
(取材日2025年9月17日)
チームで提供する在宅医療専門クリニック
クリニックのこれまでの歩みを教えてください。

大学卒業後は大阪や奈良の病院に勤務してきましたが、地元である神戸で働きたいと考えていました。そんな中、名古屋で在宅医療専門のクリニックを運営している従兄のもとを見学する機会があり、そこで初めて在宅医療にふれ、「こんな世界があるのか」と衝撃を受けました。その後、全国各地の専門診療所を見学し、2014年に開業しました。開業当初は築50年近い一軒家を拠点に、夜間のオンコールなどもすべて一人で対応していましたが、ご縁に恵まれて仲間が増え、手狭になってきたため2025年5月に現在の場所へ移転しました。今では常勤医師5人に加え、看護師や管理栄養士らとともにチームで診療にあたっています。
移転に際し、新たに建物を建てられたそうですね。
1階だけで仕事が完結するよう、医局を1つにまとめました。医師と看護師のスペースが隣り合っているので普段から会話が自然と聞こえ、情報共有の垣根が低くなり、相談もしやすくなりましたね。スペース的には1階だけで十分ですが、2階には人が集まり団らんできる場所を設けています。在宅医療は病院の地域連携室の担当者、ケアマネジャー、訪問看護師、薬剤師など、さまざまな職種との協力がなければ成立しません。「点ではなく面で支える」ためには、チーム医療の一員という意識をそれぞれが強く持ち、密な情報共有と信頼関係が不可欠です。顔の見える関係を築くことが基本だと思っています。2階のスペースは、普段からお世話になっている地域の方々が集まり交流できる場にしたい。患者さんにとどまらず、地域づくりの拠点にもしていけたらと考えています。
在宅医の重要な仕事の一つにチームづくりがあると伺いました。

在宅医療は患者さん一人ごとに合わせてチームを組んで対応します。これまで11年間の経験から「この患者さんにはどんなメンバーが合うか」を考え、編成するのが醍醐味です。それがうまく機能し「とてもいいチームで安心して過ごせました」と言っていただけるのが一番うれしいです。また、病院から紹介いただいた患者さんが亡くなられた際には、ご自宅での様子を詳しく返書に記し、病院の地域連携の看護師にも必ず連絡を入れるようにしています。送り出した後の経過が見えないまま終わると不全感が残ってしまうのではないかと考えています。患者さんを通じて地域や情報をつなぐ。その旗振り役を担うのが在宅医の役割だと思っています。
患者を支える家族のケアにも心を配り信頼関係を構築
クリニックの特色やスタンスについて教えてください。

在宅医療は「こうするべきもの」と定型がない分野です。当院は基本的に疾患や重症度によってお断りしないスタンスです。在宅医療でできること・できないことは事前にしっかりご説明しますが、採血、点滴、エコー、腹水や胸水の穿刺排液、服薬管理からACPと呼ばれる終末期医療の事前ケア計画、そして看取りまで幅広く対応しています。在宅医療は外来と違い患者さんの生活の場に入る医療ですから、いわば相手の懐に飛び込む“接近戦”。患者さんの生活背景を直に見ることができるので、その上で介入することで、その方の生活習慣や嗜好に合った指導ができていると思います。
患者さんに接する際に大切にしていることは何ですか。
われわれのことをどれだけ信頼してもらえるかが大切だと思います。例えば、ご家族が東京や海外など遠方に住んでおられたり、近くにいても仕事がお忙しいなど、ご家族にわれわれがお会いできる機会は必ずしも多くはありません。その限られた時間で安心感を持っていただきたいと思っています。安心感や信頼感につながることは何でもしたいと思いますし、少しでも多く情報を教えていただければより良い医療の提供につながります。また、患者さんがつらい時にはご家族も同じように苦しんでいる。ご家族がどんな気持ちか、困っていることはないか、必ず聞くようにしていますね。ご家族は第二の患者さんであるという考え方がありますが、在宅医療ではとても大事な視点だと思います。患者さんを支えるご家族まで一緒に診る気持ちでケアするよう心がけています。
スタッフに対して日頃伝えていることはありますか。

当院のスタッフは皆それぞれ魅力的ですが、心根の優しい人が多く、患者さんへの思いがとても強いんです。私から患者や家族への接し方について「こうしなさい」と言ったことはありません。むしろ私自身が学ばせてもらっています。当院のスタッフはケアマネジャーや訪問看護師と密に連携しており、患者さんの生活背景や趣味まで把握して教えてくれます。その情報が診療に大いに役立っています。医師もスタッフも積極的に意見を出し合える環境を守るために、職場の心理的安全性を大切にしています。
看取るためではなく、穏やかに過ごすための医療提供を
新しい環境になって、今後取り組みたいことはありますか。

在宅医療は「看取る医療」というイメージも強いですが、私は「誰も亡くならないのが一番良い」と思っています。ご自宅で少しでも穏やかに元気に過ごしていただくために、今後は管理栄養士がすべての患者さんの初診に同行し、栄養のスクリーニングを行う体制を整え、サポートしたいと考えています。また、医療の枠にとどまらず患者さんを笑顔にできる工夫も取り入れたい。医師として診察や薬の処方にこだわるのはもちろんですが、その上で患者さんに喜んでいただける何かができればと思っています。患者さんを幸せにできるような試みを広げていきたいですね。現在は誕生日には花をプレゼントし歌を歌ってお祝いしていますが、そこにウクレレ演奏を加えてみようかと考えているところです。
患者さんやご家族との距離感についてはいかがですか。
距離は近いですね。こういう仕事をしている根底には「人を幸せにしたい」という思いがあります。自己満足かもしれませんが、私たちが丁寧に診て関係性を築いていくことで、患者さんが亡くなった時に残されたご家族の悲しみが少しでも癒やされればという思いがあります。そのため、将来のご家族のグリーフケアも意識しながら関わっています。ご遺族のケアという観点では、「遺族会」の開催も検討しています。患者さんが亡くなった後、「ご家族はどうされているのかな」と、よく看護師たちと話しているんです。遺族会ができれば、ずっと診てきた患者さんの最期に立ち会えなかったスタッフの心のケアにもつながります。せっかく2階に人が集える場ができたので、一緒にお茶を飲みながら、ゆっくりとお話しできたらいいですね。個別での対応から始めて、ゆくゆくは全ご遺族にできたらと考えています。
最後に今後の抱負と読者へのメッセージをお願いします。

当院で働くスタッフが心身ともに健康で幸せであり、その幸せを地域にお裾分けして循環させられるような診療所になったらいいですね。ありがたいことに、多くの若くて優秀な医師がここで一緒に働きたいと希望してくれて、私も彼らとともに学び合うことができています。将来、彼らがそれぞれの地元に戻って地域の在宅診療を盛り上げていく、その仲間を育てる場としての役割にもやりがいを感じています。ご紹介いただいた患者さんやご家族に、岩本診療所で良かったと思ってもらえるように皆で力を合わせて頑張りますので、何かお困りの際にはいつでもお気軽にご相談ください。