梶梅 輝之 院長の独自取材記事
向洋こどもクリニック
(安芸郡府中町/向洋駅)
最終更新日:2026/10/15
向洋駅北口からすぐのクリニックモールの4階にある「向洋こどもクリニック」。車でも公共交通機関でも訪れやすい便利な場所だ。院内は明るく、グリーンやオレンジのパステルカラーをアクセントにした空間からは、親しみやすさが感じられる。院長を務めるのは、小児科、血液、アレルギーの疾患を専門とする梶梅輝之先生。頭が痛い、おなかが痛い、風邪の症状があるといった日常的な不調に加え、喘息やアトピー性皮膚炎などアレルギー関連の悩みで来院する患者も多い。診察では子どもたちにも画像を見せながら、わかりやすく伝えられるように工夫している。時には手品を披露し、小さな子どもを笑顔にする心遣いも。診療以外では、病気に関する情報などを伝えるため、動画配信にも積極的に取り組んでいる。ユニークで優しい梶梅院長の素顔に迫った。
(取材日2026年9月10日)
やる気に火をつけた、ある子どもの患者との出会い
先生が医師をめざした経緯を教えてください。

実家は医療関係ではなく別の事業をしていました。兄が後を継ぐことになっていて、次男の私は周りに言われるがままに医学部をめざすことに。当時はそんなに成績も良くなかったのですが、川崎医科大学に入学することができました。私が大学生の頃は、まだバブルといわれた時代で、なんとなく生きていたという感じです。
小児科を選ばれた理由は何だったのですか。
最初はどの診療科でもいいと思っていたんですが、血液内科、救急、整形外科の3つの分野に関心を持ちました。臨床実習では、さまざまな科の患者さんのもとで勉強させてもらうんですが、実習先は高齢の患者さんが多く、対応に苦心した体験から「高齢者医療でなく小児科はどうだろう」と対極ともいえる方向を考えるようになりました。当時は子どもが好きだったというより、そうした理由が大きかったと思います。大学の臨床研修のローテーションで小児科を回ると、肺炎をはじめ血液疾患や小児がんなど難しい病気の患者さんが数多く入院していました。その中で、口腔がんの中学生の患者さんを担当したのですが、どうしても治らず亡くなられてしまったんです。そのことは深く胸に残っています。医師として、もっと勉強せねばと強く思いました。
病院勤務で研鑽を積まれてから、一度は基礎研究の道へ進まれたそうですね。

造血幹細胞移植を学ぶため、名古屋と徳島に見学に行きました。徳島の先生の医療がとても興味深く、徳島大学病院の小児科で造血幹細胞移植をみっちり教えていただきました。その後、一般的な肺炎や喘息などの患者さんを診るため、岡山県のさとう記念病院で2年間勤務しました。そして、小児科とはまったく違うこともしてみたいと、地元・広島に戻り広島大学の大学院へ。4年間ネズミや細胞を相手に、免疫学の基礎研究に打ち込みました。しかし、ネズミや細胞ばかり相手にしていると、だんだん人が恋しくなるんです。そんな時、ある医療系メーカーの臍帯血に関するテレビコマーシャルを見て「自分は臨床で生きるべきだな、人と関わらなくてはいけないな」と気づきました。
患者にとってベストな医療を常に考える
臨床への復帰から、ご自身での開業を決意された経緯は何でしょうか?

今後を考え始めた頃、当時の広島大学の小児科の教授から「そろそろ小児科に戻って一緒に臨床と研究をしないか」と声をかけていただき、臨床に戻ることにしました。その後は白血病や小児がんの診療をしながら、夜は免疫の研究をするという生活を送っていました。しかし、次第に研究への限界や公的研究費の獲得難などもあり、開業を考えるようになりました。教授のアドバイスもあり、救急受け入れも数多く行う広島市立舟入市民病院で小児科部長を務めながら先進の治療を学び直し、2013年に自宅からも近いこの場所で「向洋こどもクリニック」を開業しました。
クリニックのこだわりや診療方針をお聞かせてください。
開業にあたり、待合室は広くしないといけないと考えました。子どもの患者さんは一人で来院するわけでなく、必ず保護者の方も付いて来られます。また、私自身が眼科で受診してもらった際に、モニターを見ながら自分の目の状態を説明してもらったのですが、すごくわかりやすく良かったので、当院でもモニターを使い画像を見せながら状態や治療方針について説明するようにしました。おなかが痛い子などにも「ここがこうなってますよ」と画像を見せながら説明しています。私は開業の前からアレルギーについても専門的に学び、日本血液学会血液専門医や日本アレルギー学会アレルギー専門医の資格も取得しました。そういった資格も現在の大きな強みになっています。
子どもの患者さんたちに、どのように接していますか。

患者の年齢層は、ベビーから中学生まで幅広いです。診療では、極力「この子にとってこれがベスト」という医療をしてあげたいと思っています。子どもが怖がる時は、少しとぼけてみたりするんですよ。例えば、キティちゃんの服を着ている子に「これ、わんわんだ!」とわざと間違えてみて「ちがうよ!」と笑いを誘ったりします。注射の後などは、手品を見せることもあり、最後に笑わせて帰してあげたいと思っています。秘密基地のような楽しいキッズルームにしたり、待ち時間を少なくするために、ウェブ予約システムも導入したりするなど、子どもたちのための工夫もいろいろしています。
病児保育にも取り組んでおられるのですね。
病児保育は、府中町エリアに元々あった唯一の施設が移転することになり、地域の他の先生方と相談し「うちがやります」と引き受けました。当初は患者さんも少なく、施設の改修にかなり費用がかかるため「これは大変だな」と思ってもいたのですが、友人に背中を押されて決断しました。現在は「病児保育室 ダンボ」として、広島市や府中町の委託を受けて行っています。地域の親子連れに寄り添う病児保育の場は、広島市内でもまだ少ないので、今後も続けていきたいです。
地域住民と子どもの成長を喜び合えるクリニックに
医療機関との連携について、そして今後の展望をお聞かせください。

重症の患者さんの場合は、心臓病なら広島市民病院、血液疾患なら広島赤十字・原爆病院など、どの疾患ならどこの病院がいいかを把握しているので、適切に紹介するようにしています。大学に長くいたからこそのネットワークが生きていると思います。今後の展望としては、現状維持です。年齢的にピークは越えたと思うので、できるだけ現状維持でいきたいです。現在私は57歳で、70歳まで頑張るとしたら、ちょうど真ん中です。子どもの数は減っていますが、大事にされるクリニックであれば、なくなることはないと思っています。
保護者の方へメッセージをお願いします。
医師の間では、他の先生の良し悪しや評判を表立って言うことはできません。クチコミサイトも信用できないものもあります。そのため、どの小児科に行こうか迷っている方には「ママ友に聞いてみて」と伝えたいです。クチコミサイトより、ママ友のリアルな評判を聞くのがいいと思います。
先生は動画を使った情報発信にも力を入れているそうですね。

新型コロナウイルス流行時に「何かやらなくちゃ」と思い動画配信を始め、病気に関する情報や日々の雑感などを配信し続けています。当初は手探りでしたが、今は多くの方に見ていただけているようです。発信を始めてから、募集は行っていないのですが「ここで働かせてほしい」と履歴書が送られてくることもあります。人手不足といわれるクリニックが多い中、動画で私の人柄を見て応募してきてくれる人がいるのはたいへんうれしいことですね。

