とも歯科医院

とも歯科医院

瀧本 智朗院長

165922

大阪市営地下鉄御堂筋線・長居駅から4分ほど歩くと、あびこ筋沿いにオレンジと白の看板の「とも歯科医院」が見えてくる。地域密着で気軽に立ち寄ることのできる街のホームドクターだ。どんな患者にも気さくに声をかける院長の瀧本智朗先生のキャラクターは近隣住民にも親しまれ、季節のイベントに招待されたり、普段からよく声をかけられる歯科医師。患者への負担を最小限にするため、すばやく丁寧な治療を心がける。平日に来院することの難しい患者のために、土日も診療を行っており、往診の依頼も多い。患者のことを第一に考える瀧本先生に、歯科医療に関する熱のこもった話を聞いた。
(取材日2017年8月8日)

医師の家系で育ち自然に医師をめざした

―医師をめざすことになったきっかけを教えていただけますか?

私の家庭は父母や親戚が医師の家系で、意識することもなく将来は医師になるものだと考えておりました。特に私の父は私に医師になることを強く望んでおり、父の母校であった愛知学院大学の歯学部に進学してほしかったようです。そういうわけで、高校3年生になるまで医師になることに疑問を持たずに育った私でしたが、進学する大学は自分の希望を通してもらい、北海道医療大学に進学しました。これだけ実家から離れていると、親の目を気にせずに済みますからね。しかし、その大学もカリキュラムがかなり厳しい大学でしたので、いわゆる大学生活を満喫するどころではなく勉強に励むことになりました。

―北海道医療大学での大学生活はいかがでしたか?

北海道医療大学に進学した理由は医師国家試験の合格率が高かったこと、一刻も早く親元を離れて自立したかったからです。それまで「歯科医師」という一本道を走らされていたものですから、ちょっと羽を伸ばしたくなったんですね。しかしながら、現実は甘くありませんでした。大学の授業がとにかく厳しくてとても「羽を伸ばす」余裕はありませんでした。当時はそうした毎日がとてつもなくハードに感じたのですが、決して勉強ばかりをしていたわけではなく、クラブ活動では剣道部に所属し、そちらのほうも真剣に打ち込んでいました。そのおかげで休みの日は疲れ果てて一日前後不覚でひたすら寝ていることもありました。今振り返ってみるとよく体がもったなと思いますが、大学時代の若い頃だからできたことでしょうね。

―研修医になって歯科医師の仕事をした印象はいかがでしたか?

研修医という仕事は多忙で厳しい仕事でしたが、それまでの大学生活が結構ハードだったせいか、病院内での仕事は精神的に余裕をもって行うことができました。それよりも私にとって、当時最も厳しかったのは、臨床の勉強として行っていた歯科医師の指導でした。「手取り足取り優しく指導してもらう」などということはなく、すべて自分の頭で考えさせるという指導方法でした。例えば、簡単な歯の詰め物の除去・交換にしても、その先生はストップウォッチを取り出して時間を計るんです。そして時間内に施術を完了できなければ、どうして時間内にできなかったのかを考えさせられ、正解が出るまで居残りをさせられました。本当につらい経験でしたが、振り返ってみると、正確で理にかなった診療を行うのに非常に役に立っています。

記事更新日:2017/08/23


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