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大原 康壽 院長の独自取材記事

おおはらクリニック

(豊明市/前後駅)

最終更新日:2019/08/28

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豊明市と名古屋市の境、のどかな住宅地の一角に位置する「おおはらクリニック」。幹線道路にも程近いことから近隣住民を中心に、最近はクチコミで遠方から通院する患者も増えているとか。院長の大原康壽先生は、中学から大学と12年間柔道に励み、現在はマラソンと筋トレを日課とする快活なドクター。長年心臓外科という循環器医療の最前線を専門としてきた大原先生は、「循環器疾患を重症化させることなく日常生活へ戻すためには、早期発見が大切」と考え、岡崎市民病院の部長職を辞し自ら町に出ることを決意したという。この思いを実現すべく、心がけていることは何か。これまでの取り組みや現在の診療に対する思いなどを交えつつ、話を聞いた。
(取材日2017年3月1日)

さまざまな縁がつながり開かれた医療への道

広々として落ち着いた雰囲気の院内ですね。

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多くの人が行き交う場所ですし、誰にとっても居心地の良い空間にしたいと考えました。例えば受付が狭苦しいと、どこか息苦しさを覚えてしまいますよね。そんなことのないよう、スタッフも患者さんものびのびと移動できる設計にしてもらいました。開院が決まるまで紆余曲折あったのですが、この地に決めたのはクリニック前にある道路が新たに開通したことがきっかけです。これによって名古屋市緑区と豊明市南西部がスムーズにつながり、初めて訪れた時に今後発展していきそうな良い印象を持ちました。この辺りは畑仕事を趣味にしている人も多く、ご高齢の患者さんでも健康的に日焼けをして足腰の強い元気な方が多いですね。

大原先生が医師を志したのはいつ頃ですか?

私が幼少の頃、父は仕事や生活習慣が原因で胃潰瘍や不整脈に悩まされ、随分病院のお世話になったようです。そのせいか私が物心つく頃には、「人助けのできる医者になるといいぞ」と事あるごとに父から聞かされていましたね。中学・高校時代の同級生の影響も大きかったです。周りは医師の息子が多く、たまたま中学1年の時に隣の席になった友人もその一人。彼が教えてくれるたくさんの医療情報から、医療の世界の面白さにはまっていったんです。またちょうどその頃、兄が医学部に進んだこともあり、自然と医学部進学を決めました。金沢大学医学部の3年生になる頃には病気に直接アプローチできる外科系を専門としたいと考えていましたが、4年生の臨床実習で岩喬先生という名物教授の心臓手術に感化されたことが心臓外科に進む決め手となりました。

勤務医として研鑽を積まれただけでなく、留学も経験されたとか。

勤務医時代、重症心不全の症例では手術で人事を尽くしても術後経過が思わしくない事例に直面することも少なくありませんでした。術後の心機能回復を強力にサポートする方法を考えていく中で、当時欧米で盛んに研究されつつあった人工心臓に着目したんです。その考えを支持してくれた上司から、人工心臓の研究に携わる先生を紹介していただき、さらにその先生を通じてアメリカのベイラー医科大学から留学の誘いを受け……あれよあれよと言う間にアメリカで人工心臓の研究に従事することとなったのです。留学先では、いきなり補助人工心臓のプロジェクトリーダーを任されることに。それまで設計図も書いたことすらなく、まさに試行錯誤の日々でした。3年間の任期中に多くの特許を申請しながら動物実験を繰り返し、プロジェクトを成功させました。今では人工心肺や補助循環用血液ポンプとして広く心疾患の治療に用いられています。

研究者としても多くの患者さんの命を支えてきたのですね。

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そうとも言えますね。留学の経験から、医療に関わる研究者や技術者といった、さまざまな視点を知ることができました。医師として手術に注力していただけでは、今のような視野を持つことはできなかったでしょう。振り返ってみると、いろいろな縁がつながって今に至る道筋となっているのだなと感じます。

クリニックは適切な治療へ導くパイプ役

開院に際しどんなクリニックにしたいと考えましたか?

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大前提として、患者さんの健康をしっかり支えられるクリニックにしていきたいと考えました。専門としていた心臓外科は、いわば社会復帰をめざすところ。しかし当時は、重篤な状態になってようやく病院へ送り込まれるということも珍しいことではなく、ジレンマを感じることが多々ありました。現在、心臓疾患は、早くに適切な治療を行えば社会復帰も容易になっています。日常生活を取り戻すために早期に診断し、適切なタイミングで病院にご紹介する。患者さんと病院、双方にとって信頼できるパイプ役でありたいと考え、実践しています。“最後の手段”として病院へお願いするのではなく、病気に向き合う“最初のきっかけ”として、当院を活用していただきたいです。

隠れた病気を見つけ出すために心がけていることは何ですか?

とにかくじっくりお話しすることです。適切な診断のためにも、会話を通して患者さんの心中を把握すること、これをいつも大切にしています。診察室に入る時の患者さんの姿勢や表情、顔色、声のトーンなど、診察室の扉が開いた瞬間から患者さんの様子に意識を集中しています。この姿勢は勤務医時代から意識していましたが、特に卒後5年間お世話になった名古屋掖済会病院での経験で培われたと思っています。当時は夜間救急外来を担当する機会が多く、さまざまな症状を訴える患者さんと向き合うことで、詳しい問診の重要性が認識でき、またどんな患者さんとも向き合える度胸が自然と体得できたのだと思います。ただ、時として初診や重篤な症状の方に詳しく問診することで待ち時間が長くなってしまい申し訳なく感じることもありますが、信頼できる医療をめざす当院の特徴とご理解いただきたいと考えています。

設備の充実も適切な診断を支えるためのものなのでしょうか?

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そうですね。マルチスライスCTを使うことで多くの情報が得られ、より精度の高い診断へとつなげられますので。当院で健康診断を受けた方で、肺がんが見つかった方も多くいらっしゃるんですよ。精度の高い診断をすることは、受け入れていただく病院にとってもメリットの大きいものです。送り出す時点である程度の診断がついていれば、より精密な検査に集中できますからね。自分の必要と考える設備を過不足なくそろえ、迅速な診断につなげること。またそれを継続していくことが大切だと考えています。

患者が生き生きと過ごせるよう支え続ける

お忙しい毎日かと思いますが、リフレッシュ法は何ですか?

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40代から始めたランニングは、今では習慣になっています。長年柔道という、走ることとは縁のないスポーツをやっていたので、ランニングは大の苦手だったのですが、年齢とともにメタボに近づく自分を見つめ直し、スポーツを勤しむ生活に変えようと意識改革を行いました。とは言え最初は長時間走る体力・気力もなくウォーキングしかできませんでした。しかし、少し大げさかもしれませんが「臨終の際に苦手を克服する努力もしなかった」と後悔したくない一心でランニングに取り組むように。結局、「苦手意識は憧れと表裏一体」なんですね。少しずつ距離が伸びていくことに達成感と満足感を覚えるようになっていました。これまでに東京マラソンを含めてフルマラソンを3回完走しました。今でもハーフなら短期間で準備できると思っています。

長年診療に携わってきた大原先生から見て、患者さんの特徴などに変化はありますか?

最近は肥満や脂質異常症、高血圧症、糖尿病といった、いわゆるメタボ患者が若年層に増えてきていることが気がかりですね。これらは何か起きた際には重篤な状態になることも少なくないので、健診で要受診と判定されたら必ず医療機関を受診していただきたいです。まずは生活習慣改善と定期的な検査を受け、自己努力での改善が困難と判断されたら早期に薬物治療を開始しましょう。

これからの目標は何ですか?

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寝たきりや要介護にならずに、人生を楽しんで過ごせるようにすることが、究極の目標と言えます。そのためには身体機能の維持・向上が不可欠でしょう。開院から現在まで、日々の診療に没頭して振り返る余裕のない毎日でしたが、初心を忘れることなく一層皆さまの健康に貢献できるクリニックをめざして進化すべき時期だと思っています。人生80年、90年が当たり前となりつつある今日、脳梗塞・心筋梗塞で40代、50代から寝たきりや要介護では、何のための人生でしょうか? 体の不調や悩みについて気軽に受診していただき、末永く健康的に生活するために当院を活用していただきたいです。

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