てらだアレルギーこどもクリニック

寺田 明彦院長

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現代において、何らかのアレルギー症状を持つ子どもは年々増加傾向にあるといわれている。名古屋市南区のクリニックモール3階にある「てらだアレルギーこどもクリニック」にも、連日多くの患者がその治療に訪れている。「子どものアレルギーは、決して治らない病気ではありません」。院長の寺田明彦先生は、力強くこう話す。これまでさまざまな地域で多くのぜん息患者、アレルギー患者と関わってきた寺田先生は、自身の信念である「将来を担う子どもたちの健康を守る」ために、喘息やアレルギーの発症を未然に食い止める予防から取り組んでいる。そんな寺田先生に、医療スタンスやこだわり、アレルギーに悩む患者に対する思いなどを語ってもらった。
(取材日2016年10月21日)

医療の現場を目の当たりにしてきた幼少時代

―医師になられたきっかけを教えてください。

母方の祖父が医師だったのですが、そこの家系は代々、かつて尾張の高鷲藩という支藩のかかりつけ医だったそうです。僕は小さいころから、病気をすれば祖父に診てもらっていました。昔の診療所だったので、診察室の隣では祖母が薬を調合していたのですが、薬を包む手伝いを折り紙のようにやらせてもらったりもしましたね。そういう環境だったこともあり、高校生の時には、医者としての道を意識していました。それと同時期に、父方の祖母が胃がんで入院し手術を担当してくださった先生が、摘出した胃を見せてくれたんです。患部がどこで、どんなふうに切除したかをこまかく説明してくれる先生を見て、医者ってやっぱりかっこいいなと思ったんですね。ただ、当時の僕は部活に一生懸命でしたので、そこからは猛勉強の毎日でした。

―小児科、アレルギー科を専門に選んだ理由は何ですか?

外科医はむかないと思い、内科か小児科で迷いました。内科は、さらに専門がこまかく分かれるので、体全体を診られるという部分に魅力を感じ、子どもも好きだったので小児科を選択しました。そのときの教授がやさしく、わかりやすく指導してくださったので、その教授に憧れていたのも理由の一つですね。最初に赴任した静岡の病院で3年間小児科医として経験を積みました。当時は喘息の患者さんが多くて、当直のときに発作を起こして救急車で運ばれてくる患者さんも多かったんです。そんな子どもたちを見て、「喘息は、どうしてこんなに苦しいことが起こるんだ?」と思いました。喘息について勉強するうちに、アレルギーの専門的な知識を蓄えたんです。さまざまな地域で勤務し、子どもたちと親御さんに向き合ってきました。

―その後開院に至るわけですが、院内のこだわりなどはありますか?

開院するときのコンセプトは、「お母さんたちに気に入ってもらえるクリニック」でした。シンプルな色遣いで、ほっと落ち着くような。このビル全体が工務店のテナントビルなので、木をうまく取り入れた内装にしてもらいました。あとはデザイナーさんと相談しながら、診察室の中は一部屋ずつ色味を変えて単調にならないようにしたり、待合室にはビリヤードの玉のようなポップな部分も取り入れてもらったりしました。それから、受付カウンターは子どもの目線と同じになるよう低くしているんですよ。お子さんも安心してくれますし、会話も生まれるのでよかったです。設備面のこだわりでいえば、喘息の肺機能検査、呼気NO、肺炎や副鼻腔炎を診断するレントゲン装置は必須と思います。



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