たなか歯科クリニック

田中 陽平院長

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弥富駅から車で5分の場所にある「たなか歯科クリニック」は、田中陽平院長と十数名のスタッフからなるアットホームな雰囲気のクリニックだ。田中院長が求めるのは、高い専門性と治療効果の永続性。勤務医時代からの経験と日々の勉強で身に着けた幅広い知識を総動員し、患者に媚びない正しい治療法を提言している。自信に満ち溢れた力強い語り口の院長だが、自身の治療が本当に患者のためになっているのか悩んだ時期もあるという。真摯な姿勢で歯科医療に向き合う日々のなか、少しでも患者が幸せになる手伝いができればとの思いも吐露。スポーツに熱中した学生時代、一流歯科医師とのギャップを感じた勤務医時代、そして、世界標準の歯科医療をめざして奮闘している現在について語ってくれた。
(取材日2017年1月11日)

スポーツ青年が一流歯科医師をめざして奮起

―歯科医師になられたきっかけを教えていただけますか。

少し掘り下げて話をすると、中高時代はオリンピックをめざして陸上部の練習に明け暮れる日々を送っていました。僕は目的を掲げ、それに向かって行動するタイプで、タイムを縮める魅力にハマっていたんです。だから県内トップレベルの進学校に通っていながら、大学進学はまったく視野になく、三者面談で「フリーターになる」と言って、隣に座っていた母をズッコケさせてしまったほどです。ですから歯科医師になるつもりもまったくありませんでした(笑)。今思えば、医者の息子だから医者になるという図式に反発していたのかもしれません。父は整形外科の医師でしたから。それでも、身近にあった職業が医療に携わる仕事だったので、大学も自然と医療系に決まりました。

―どんな大学生活だったのですか?

部活のラグビーが楽しくなり、夢中で練習をしていました。慶応ラグビーも大好きでしたしね。ターニングポイントが訪れたのは大学5年生のときです。実習で歯を削りながら、僕はこれから長い年月をかけて歯科医師という仕事に携わっていくのだと、そのとき初めて意識したんです。もともと負けず嫌いな性格でしたからね。どうせやるのならば必ず一流になろうと決意を固めたというわけです。卒業後は、興味のあったインプラントの治療で知られる豊田市内の歯科医院に6年間勤務しました。患者さんに向き合いながら、ただただ必要な勉強に取り組む毎日でした。そして、4年目にはある程度の治療技術を身に着け、周りからの評価もついてくるようになったんです。それなのに、当時は患者さんから「ありがとうございました」と言われるたびにうれしい反面、疑問も感じていました。

―疑問を感じたのは、どうしてでしようか?

僕が力を発揮できたのは、師匠の病院という恵まれた土壌で、ほかのスタッフの力や自分が自由に使える医療機器に囲まれていたからでした。それは、当初僕が考えていた“一流”とは違っていました。それならば、自分の力で自分の能力が最大限、発揮できるチームを作ろうと、開業に向けて奮起したというわけです。自分のやりたいスタイルが実現できれば、どこへ行ってもやっていける自信があったので、場所よりも先に開業日を決めてしまいました。忘れもしない2007年の元日、当時まだ恋人だった妻にも相談し、開業までにかかる年数を計算して2009年8月、日取りのよい大安吉日の開業に向けて動きだしました。実際には予定の日よりも数週間遅れてしまいましたが。クリニックが建つこの場所は、母方の親戚の土地でなじみもありましたし、狭い空間で動きまわるのは性に合わないので、郊外にあるこの場所は結果的に条件に合っていました。



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