雪谷大塚クリニック

雪谷大塚クリニック

雨宮 隆太院長

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東京医科大学や杏林大学などで教鞭を執り、数々の研究にも携わり、さらに呼吸器科、呼吸器外科の専門医の指導医としても診療を行うなど、ドクターとして実に豊富な経験を重ねてきた雨宮隆太院長。高名なドクターである一方、太極拳の分野でも院長の名は知られている。「私の名前で検索すると、医師としてよりも太極拳や呼吸法の話題ばかりでしょ」と朗らかに笑うとても親しみやすい先生だ。2008年に前院長である妻から「雪谷大塚クリニック」を引き継いだ。院長からユーモアで深みのある話をしてもらった。
(取材日2010年10月29日)

妻の志を継ぐクリニックで、豊富なキャリアを生かす

―まずは先生のプロフィールをお聞かせください。

東京医科大学を卒業し、同大学大学院で博士課程を修了した後は、母校で講師をしていた期間もありました。茨城県立中央病院の副院長を務める一方で、茨城県地域がんセンター長も務めましたし、筑波大学臨床教授、杏林大学客員教授、東京医科大学客員教授なども務めました。もちろん呼吸器外科の指導医としてたくさんの患者さんを診療し、がん治療にも大きく携わってきました。がん治療の進化や告知の問題など、日本のがん治療の歴史を見てきましたね。教鞭を執るという意味では、母校で講師をしていた時期が一番長かったですね。

―先生は2008年12月に院長に就任されたのですね。

当院は妻である故・雨宮裕子前院長が2003年7月に開院しました。彼女が「開業医として地域に根ざした医療に尽くしたい」と言い、この北嶺町に開院しました。今、ここに通院されている患者さんの1/3は、彼女が診療した患者さんたちです。妻から僕に替わっても、ずっと変わらずに通ってきてくださいます。妻が他界した後、わずか1週間足らずで引き継ぎを終えられたのもスタッフのおかげです。このような素晴らしいスタッフや患者さんたち、そして院内の明るい雰囲気も妻が僕に残してくれたものです。当院は完全バリアフリーで、車いすでも診察室やレントゲン室、トイレもスムーズに利用できます。明るく清潔で、「地域の患者さんの役に立ちたい」という妻の想いが至るところに表れています。とにかく一生懸命に医療と真摯に向き合ったドクターでした。とても自分に厳しい人でしたよ。僕にも厳しかったけど(笑)。

―先生は小さな頃から医師をめざしておられたのですか?

実は考古学者の道も考えましたが、いつしか僕も父と同じ仕事に就いてました。父は僕に医者になれとは強要しなかったんですよ。けれど医学部に入りラテン語を学んだときに、ある事実を初めて知ることになりました。父は血液学を専門的に学んだドクターで、僕の名前は「隆太(りゅうた)」と言いますが、ラテン語で白血球のことをLeukocytes(リュウコサイト)と言います。そして僕には「えり」という名の妹がいるのですが、ラテン語で赤血球はerythrocytes(エリスサイト)と言うんです。父はいろんな想いを込めて僕たちの名前を付けたんでしょうね。父は山梨県の大きな病院に勤務していました。当時の地方の町だと、夜中に患者さんがうちに駆け込んで来ることもありました。すると父は夜中でも往診カバンを持って出て行きました。僕にはとてもできないことだなあと、今でも尊敬するドクターの一人に父がいます。

記事更新日:2016/08/30


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