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山口 壮 院長の独自取材記事

山口医院

(大田区/大岡山駅)

最終更新日:2022/09/05

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東急電鉄大井町線の大岡山駅から徒歩7分。住宅街の中に、90年にわたり地域医療を担う「山口医院」はある。内科、整形外科、脳神経外科、外科、肛門外科、リハビリテーション科と幅広い診療科目を掲げており、CTや内視鏡をはじめ検査機器も充実している。院長の山口壮先生は、東海大学医学部付属大磯病院の脳神経外科医長、池上総合病院の副院長などを務めた後、2000年に同院での勤務を開始した。スポーツ医学にも深く携わり、国際競技大会の組織委員会の競技用医療統括者を務めるなど多方面で活動しているという。そんな山口先生に診療で大切にしていることや、地域医療への想いを聞いた。

(取材日2022年7月21日)

古き良き地域医療の形を父から受け継ぐ

まず、こちらの特色や診療方針を教えてください。

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約90年間にわたり、地域に根差した地域医療を続けてきた歴史こそが当院の特色だと思います。当院は1932年に祖父が開業し、父、そして総合病院の脳神経外科で経験を積んで戻った私が3代目です。お子さまから高齢の方まで、幅広い主訴に対応し続けてきました。先代が守ってきた、患者さんが困っていれば診療時間外でも対応すること、患者さんとの関係性・コミュニケーションを大切にし、患者さんの悩み事や相談事に親身に対応すること、専門外の診療科目は他院の経験豊富な先生に手伝っていただき、地域に幅広い医療を提供すること。そんな古き良き地域医療を、私自身も発展させながら受け継いでいます。

先生が多くの影響を受けたお父さまは、どんな医師でしたか?

父は患者さんが困っていれば昼夜問わず診療を受け入れ、往診にも出かける、昔ながらの町医者でした。私への指導は厳しかったですが、患者さんにはとても優しく、誰に対してもフレンドリーな人でした。子どもの頃から見てきた、夜中でも休日でも、電話が鳴るとすぐに診療に駆けつける父の姿は今でも心に強く残っています。85歳まで現役だったこともあるのでしょう、89歳で亡くなった時は葬儀に300人もの方が集まってくださり、多くの患者さんが涙ながらに御礼のお言葉をかけてくださいました。いかに地域に根づき、地域の方々に慕われる医師だったかを改めて実感しました。

診療科目の広さやCTなどの医療設備はまるで総合病院のようですね。

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内科・整形外科・外科・肛門外科に加えて、私が戻ったことで脳神経外科とリハビリテーション科を増設し、CTや内視鏡などの設備を整えました。診療科目の広さは、ひと昔前の地域医療の名残りなんです。先代の父は近隣の開業医と連携し、互いのクリニックを行き来して地域医療をカバーしていました。地域の患者さんは、ご自宅のそばでさまざまな診療科目の専門診療を受けることができるメリットがありました。それを間近に見てきた私も、自分の専門外の科目は、前職やつながりがある専門の先生に通っていただいています。消化器内科、整形外科、循環器科の先生方は、ありがたいことに各分野のベテランばかり。当院の診療方針に賛同してくださっており、必要に応じて往診先から当院に移動し、そのまま検査するなどの連携が取れていることは当院の大きな強みです。

競技者として医師としてボクシングとともに歩む

先生はスポーツ医学にもお詳しいとか。

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私は長年にわたり、ボクシング界のスポーツ医学に携わってきました。現在も日本ボクシング連盟の医事委員を務めており、昨年には国際競技大会の競技用医療統括も経験させていただきました。当院で働いていた職員にも元ボクサーがおり、院内に飾ってあるメダルは彼が国民体育大会で優勝、準優勝した時のものなんです。ボクシングには「リングドクター」と呼ばれる医師が必要で、リングのそばで待機し、選手がケガをした際は試合の一時中断を要請して手当をしたり、選手の試合続行が可能かどうかを判断したりする役割を担います。また、選手の健康管理や、試合前には選手一人ひとりのメディカルチェックも行います。

先生とボクシングとの出会いについてお聞かせください。

出会いは高校3年生の頃。医学部受験のための塾に向かう途中、たまたまボクシングジムが見えたんです。とても格好良くて、勉強するのが嫌になった時、こっそりボクシングジムに行っていました。塾に出かけたはずなのに、帰宅後のバッグにはジャージだけ。教科書がないことが母にばれて叱られたこともありました。大学浪人生時代も勉強しながらジムに通い、無事に医学部に合格した後、大学のボクシング部に入りました。私はボクシングの前は野球をしており、スポーツが大好きなんです。野球などの集団競技には集団競技の面白さがあり、個人競技も個人競技の面白さがあります。孤独と隣り合わせですが、自分一人の力で戦い、打ち勝つことができることに魅力を感じました。

スポーツ医学に携わるようになったきっかけは?

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卒業後、リングドクターとして世田谷の大会に来てほしいと知人に誘われたのが始まりでした。ボクシングの知識がある医師はそう多くなかったので、私にお呼びがかかったようです。当時はスポーツ医療の体制もルールも定まっておらず、例えば、選手の健康状態のチェック方法、試合中にドクターストップをかける判断基準、試合中のケガへの対応方法なども、整備されていない時代でした。なので、ガイドラインの整備、リングドクターの育成とさまざまな面に携わる機会を得ることができました。こうした活動を続けるうち、日本ボクシング連盟、国際ボクシング協会の医事委員、国際競技大会なども経験させていただくことができました。ここまで深くボクシング界に携わるとは想像もしていませんでした。

誰かの役に立つため、常にベストを尽くす

診療で大切にしていることをお教えください。

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開業医の基本は「見る、聴く、触る」。患者さまとコミュニケーションを大切にし、よく観察することを心がけています。地域医療は家族ぐるみのお付き合いが多く、患者さんのご家族とのお話から得られる情報は大変貴重です。食べ物の嗜好をはじめ、ライフスタイルから病気の原因が見えてくることもあります。総合病院勤務から開業医になった医師がよく経験することですが、総合病院では検査データに頼って診療するため、私も当院に戻ったばかりの頃は、検査データがない状態で診察することに戸惑いました。地域医療は患者さんに寄り添わないと治療することができませんので、父に指導を受けながら、患者さんとの接し方や地域医療のあり方などを学んできました。

大学病院でのご経験を、地域医療にどう生かしていますか?

総合病院での経験を生かし、クリニックと病院のちょうど真ん中くらいの医療を提供できる場所をめざして体制を整えてきました。CTスキャンや超音波検査、内視鏡検査などの医療設備をそろえ、各専門の医師による外来を設けています。気軽に通える町医者でありながら、病院のように精密検査を受けられることが、地域の患者さんの安心につながればと思っています。対応できる範囲は広げましたが、むしろ総合病院につなぐべき範囲は常に慎重を期すよう心がけております。

最後に、先生の今後の目標をお聞かせください。

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常にベストを尽くすこと、還暦を越えたこの先もモチベーションを維持することですね。地域医療でもボクシング関連の活動でも、「誰かの役に立ちたい」という気持ちを持ち続けることが大切だと考えます。リハビリ科を設けたのは、脳神経外科の患者さんは手術後に健康レベルが落ちてしまう方が多く、社会生活維持に向けたリハビリをサポートしたかったからです。また、リハビリ特化型のデイサービス「ファミタウン洗足」を2016年から併設したのは、高齢になった父の代からの患者さんの介護や介護予防に貢献したいと考えたからです。家にこもりがちな高齢男性も積極的に通ってくださっています。また、ここが地域の高齢の方のコミュニティーになれればとも思っています。こうした取り組みを通じ、地域の皆さんにとって「山口医院があるから、安心して暮らせる」と思っていただける存在になれたらうれしいです。

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