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佐々木内科クリニック

佐々木内科クリニック

佐々木 徳久 院長

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堺市にある「佐々木内科クリニック」の看板は、市の地名にもなっている、百舌鳥(モズ)が、止まり木にひと休みしている様子をイメージして作られたものだ。そこには、鳥が羽を休めるように、誰もがゆっくりと安らげるクリニックでありたいという佐々木徳久院長の願いが込められている。クリニックには、長引く咳や喘息などで悩む患者が遠方からも通ってくる。そういった人々が納得し、満足できる治療を提供したいと、佐々木徳久院長は努力し続けている。日本呼吸器学会呼吸器専門医の資格を持つ専門家ならではの治療方針、総合的な内科知識を得た大学時代のこと、体力維持のためにマラソンを始めたきっかけなどを話してもらった。
(取材日2018年5月14日)

苦しむ患者の、止まり木のような存在でありたい

―医師を志したのは、なぜですか?

もとより、話し好きなので人と関わる仕事に就きたいと考えていました。勉強は理数系が得意で、進路を考えるような年齢になった時に、人と関われる仕事というと、医師が良いのではないかと思ったのです。それに子どもの頃に診ていただいていた先生が、優しくて気さくな方で印象に強く残っており、自分もそういうふうになれたらいいなと思ったのが、医師になろうと思ったきっかけです。

―防衛医科大学校のご出身ということですが、どのような大学生活でしたか?

全寮制の男子校で1学年は70人程度、朝から晩までずっと一緒です。規律は厳しかったですね。6時に起床して点呼、ラジオ体操、朝礼と続き、それから授業です。平日は許可がないと外出もできません。今から考えるととても濃い6年間でした。当時の友人はかけがえのない仲間であり、一生涯の宝物です。最近知ったのですが、防衛医科大生の生活を描いた漫画が出ているらしいです。なんでも“日本一ハードな医学生”といわれているらしいですよ。基本は医師になるのが目的なので、勉強が主でそんなに厳しいと思わなかっただけに、ユニークな学生生活でした。

―開業に至る経緯と、開業時どのようなクリニックにしようと思ったのか教えてください。

開業前に、堺市の救急病院に10年ほど勤めていました。時間的にはハードでしたが、その分学ぶことも多かったです。ありとあらゆる内科の患者さんが来られたので、幅広くさまざまな疾患を診ることができました。僕は内科全般をしっかりと診察できて、その上で専門性を極めることを信念としています。そういった意味では、多くの患者さんと接することができたのは良い経験でしたね。また、その病院に勤めたことで、この地域にお住まいの方々とのご縁ができたこともあり、堺に開業したのです。開業時から掲げる理念は、患者さんが「来て良かった」と満足していただけるクリニックであることです。そのためには、納得していただける診察をしなければなりませんし、クリニックを清潔に保つことも常に心がけています。

―診察を行う上で気をつけておられることは何ですか?

患者さんの訴えがあるところ、痛いところを、しっかり診察するのは当然ですが、質問されたことや、病気のことをわかりやすく説明するように心がけています。伝わりにくい場合は、根気よく繰り返し説明し、不安に思っていることがあれば、ゆっくりお聞きします。何より患者さまが安心してお話しいただけることを第一に考えて、親しみやすい医師であることをめざしています。そういう気持ちもあって、院内の情報を載せた「とまり木」という院内新聞を作って配布するようにしました。こちらから情報発信すると、患者さんも話しかけやすくなるのではないかと思ったのです。院長の私だけでなく、スタッフ一同がおもてなしの精神を大切に心がけ患者さんと接するようにしております。



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