市橋 亮一 理事長、藤井 浩史 院長の独自取材記事
総合在宅医療クリニック
(羽島郡岐南町/笠松駅)
最終更新日:2026/03/13
木のぬくもりがあふれるロッジ風の建物に入ると、吹き抜けの“リビング”が広がっている。大きな机ではスタッフが食事や業務をしている。壁際には薪ストーブがあり、奥にはキッチンも。ピアノの横では患者の母親とスタッフが談笑する姿が見える……。「医療法人かがやき 総合在宅医療クリニック」は、その建物を「かがやきロッジ」と呼び、地域に開かれた空間を提供している。通院困難な患者が対象の在宅医療を専門とし、医師や看護師の他、食支援、リハビリや音楽の専門家など多職種が連携し、患者が希望を持って生活を送れるよう支えている。「病気でもやりたいことを諦めず幸せに生きよう」という温かい思いが笑顔から伝わってくる市橋亮一理事長、藤井浩史院長に、クリニックについて聞いた。
(取材日2026年3月3日)
患者の「希望」と「安心」の在宅生活を多職種で支える
木がふんだんに使われた、ぬくもりある建物ですね。

【市橋理事長】この建物は2017年に完成しました。当院は2009年に在宅医療専門クリニックとして、私と非常勤看護師2人で小さな一軒家で開業。当初から在宅医療の教育の仕組みをつくりたいと考えていて、在宅医療を学ぶ医師や介護の方も交えて勉強会を開いたりしていましたが、職員が増えて手狭になり、建物を作ることに。その際、単なる医療拠点ではなく、医療の学びの場でもあり、誰もが来られる地域の居場所にもしたいと、地元の方々や患者さんとともにワークショップを開いて話し合いました。薪ストーブや和室は私の希望です。社屋が大きくなって国内外からより多くの学び手に来てもらえるようになり、現在では年間350人を超える医学生や研修医がやってきます。リビングでは医師やスタッフが食事をしたり交流したり、月1回「子ども食堂」も。コミュニティーの輪が広がり、コンサートや地域の方のさまざまな活動にも利用されています。
「希望する在宅生活を安心して送れるよう支援する」というのが開業時からの理念だそうですね。
【市橋理事長】命が尽きるまで、やりたいことをやって幸せになりたい、その思いは病気であってもなくても誰もが同じでしょう。たとえ治らない病気であっても希望を持って暮らしてほしいと思うのです。「希望」と「安心」は医療の場では矛盾します。例えば旅行したい、お酒を飲みたい、などの希望はリスクを伴うことがあります。リスクをいかに軽減して希望をかなえるか、医師、看護師、歯科、介護など多分野の専門家が連携し、話し合って、患者さんを支援していこうというのが私たちの考えです。使える社会的サービスなどを探してくることも私たちの役割です。
藤井院長はそういう理念に共感してご入職されたのですね。

【藤井院長】はい。以前は病院で心臓血管外科の医師として手術に携わっていました。ただ、合併症を起こして亡くなる方もいらっしゃって、そうしたときに、この方にとってこの医療は望まれたことだったのだろうか、人生の最期についてのご意思はどのようなものだったのだろうかと考えることがありました。外科として、術前術後の管理や手術スキルの向上により努めるという道もありましたが、市橋理事長に出会い、「病気を治すための医療」ではなく、希望を持って「幸せを実現するための医療」という考え方に強く引かれました。マイナスをゼロではなくプラスにすることをめざす、そうした医療に自分も関わりたいと思いました。
さまざまな職種と連携し、多方面から支援
こちらの在宅医療の特色を教えてください。

【市橋理事長】将来的に、在宅医療にも「総合病院」のような体制が必要だと考え、院名にその思いを込めました。当院には、内科、外科、泌尿器科、皮膚科、糖尿病内科、呼吸器内科など複数科にわたる医師が非常勤を含め20人以上在籍しており、大抵の病気には対応できると思います。病気だけでなく、食事や嚥下のお悩みには、歯科医師、歯科衛生士、言語聴覚士、管理栄養士らがチームで対応します。管理栄養士がメニューを提案したり、実際に台所を借りて家族と一緒に調理をすることも。こうした仕組みを持つ所は少なく、病院から患者さんを紹介されることもありますね。さらにバイオリニストに演奏してもらうなど、多方面からの支援をしています。当院に関わるスタッフは総勢90人以上。マンパワーを充実させ、24時間365日、安定した責任ある医療をしたいと考えています。
藤井先生は実際に在宅医療に携わられるようになっていかがですか?
【藤井院長】病院では、患者さんのためにやりたいと思うことがあっても当然ながら「リスクがあってできない」となりがちですが、ここでは「どうしたらできるか」という話になります。多職種の専門家により、リスクを考慮しつつ患者さんの希望をどう実現するかという相談ができるのです。ただ、押しつけではなく、患者さんやご家族の意思を尊重することが一番大事。中には遠慮される方ややりたいことがないという方もおられるので、お気持ちを丁寧にくみ取ることを心がけています。当院のスタッフはそうした勉強もしていますし、思いやりのある人たちがそろっていると思います。また、私はたまに患者さんとお茶をすることもあるのですが、医師と患者というより、人と人として話を聞けることが喜びであり、学ばせていただくことも多いです。
在宅医療ではお看取りもされますね。

【藤井院長】末期がんの方や高齢の方も多いため、看取りにも対応しています。ご家族向けに、お別れが近づいた時に現れる体の症状についてまとめた3冊の冊子を用意しています。食べ物への興味が減る、皮膚の色や呼吸が変化するなど個人差がありますが、起こり得ることを前もって知っていただいていたほうが、ご家族の不安を和らげられるのでは、ということから、適切な時期を見計らってお渡ししています。冊子は、色づかいも紙の質感も優しい感じで、県内外のクリニックから「うちでも使いたい」とのご要望もあったり。また、患者さんやご遺族が気軽に来られるカフェ活動も、月に1回ここで催しています。
地域コミュニティーの中での在宅医療の継続を
理事長が在宅医療をしようと思われたきっかけとは?

【市橋理事長】高校生の時、将来の仕事として「自分も皆も幸せになること」「年を取った時に価値のある人間になること」「自分が勝った時に相手が負けるような原理ではないこと」を条件として考えました。まるで村の長老のようですが(笑)、どんな仕事がいいのかはわかりませんでした。そんな時にラグビーの試合で鎖骨を骨折したのです。診療してもらい帰宅したのですが、夜になってその先生が「鎖骨を固定するバンドが手に入った」とわざわざ家まで来てくださって。それに感激して医師という仕事に興味を持ちました。病院に勤務していた時、名古屋で後輩が在宅医療専門診療所をしていることを知り、こういう形があるのかと自分も在宅医療を始めようと決意した次第です。
2021年には医療的ケア児・重症心身障害児のための医療型短期入所施設が完成しました。
【市橋理事長】2015年に岐阜県から在宅で小児も診られないか?という打診があり、それを受けての勉強会や各地への視察を経て、2年後に小児の訪問診療やリハビリテーションを始めました。その後、外部団体の協力を得て、敷地内に建物を新設しました。特徴的な取り組みの一つとして、障害児のためのプール活動があります。人工呼吸器を使用する子どもたちもプールに入っているんですよ。年間のべ300回ほどのマンツーマンプール活動をしています。親子だけでは経験できない非日常を楽しめる施設として「かがやきキャンプ」という名前にしました。こうした施設は全国的にも珍しく関東や九州から訪れる方もいらっしゃいます。
今後についてお聞かせください。

【市橋理事長】これまで「地域に足りないものを提供して貢献したい」との思いでやってきました。開業当時、地域に足りないものが在宅医療専門診療所であり、それを広げるためにマニュアルをつくり、在宅医療を学ぶ多くの医療者を受け入れ、場を開いてきました。それによって逆に、当院にないものを地域からいただくこともあります。地域密着の専門職の方々との連携もその一つ。ピアノや冷蔵庫、さらに井戸は寄付でいただいた物です。ここは誰もが交流できるオープンな場所。子ども食堂に来ていた子が将来ここで働いたり、私たちがお世話になったりすることもあるかもしれない。100年後・200年後も在宅医療ができて、皆が助け合っていく地域であるためにも、若い人を育てることにも尽力していきたいです。

