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坂中 勝 院長の独自取材記事

坂中内科クリニック

(高槻市/摂津富田駅)

最終更新日:2019/08/28

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高槻市阿武山団地近くのあぶやまスクエア2階にある「坂中内科クリニック」。院長の坂中勝先生は、風邪、咳、脂質異常症や糖尿病などの生活習慣病治療といった内科、心臓を中心に脳血管や腎臓疾患などの治療を行う循環器科のほか、各種検診や予防接種なども行う地域のかかりつけ医。長年たくさんの患者と向き合ってきた坂中院長のモットーは「初心を忘れないこと」だと言う。穏やかながらも場を明るくする話しぶりから普段の診療の際の人柄がうかがえる。常に患者の気持ちに寄り添い、コミュニケーションを密に取ることを心がけている坂中院長にこれまでの道のりや診療に対する思いなど聞いた。
(取材日2018年5月10日)

地域医療に貢献すべく開業医の道へ

医師をめざされたきっかけは?

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うちは医師家系で、父は京都市内の自宅で開業していました。7歳上の兄はすでに医師を志しており、兄が父の後を継ぐだろうと思っていたので私は将来何をめざしてもよかったのですが、自然と自分もその道に進むんだろうなと思うようになりました。昔は人手が足りないときなど、器具を煮沸したり、血沈を目測したりして簡単なことを手伝うこともあり、少しずつ医師の仕事に興味が湧いていきましたね。

なぜ循環器科を専門に選ばれたのですか?

学生の頃に単純に思ったのが「心臓が止まったら終わりだな」ということでした。人を生かせたい、死なせないためにはどうしたら良いのかと考えたときに、当時は若気の至りで心臓が一番重要なのかなと思ったのがきっかけです。もちろん他にも重大な病気は多数あり、それだけではないのは当たり前ですが(笑)。心臓は動きもダイナミックですし、おもしろそうだなと感じました。すでに医師として働いていた兄に相談し、母校の大阪医科大学を卒業した後兄の紹介で京都府立医科大学へ入局して日々研鑽を積みました。

なぜ開業を決意されたのでしょうか?

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京都府立医科大学附属病院で研鑽を積んだ後、神戸中央病院で勤務し、その後縁あって40歳まで松下記念病院循環器内科の立ち上げメンバーとして寝る暇もないほど忙しくしていました。開業前まで約15年勤めた第一東和会病院で副院長を務めさせていただき、日々とても充実していました。当時は病院設立当初ですべての救急患者を受け入れ、小外科手術や骨折の修復など整形外科的治療も含めあらゆる患者さんを診ました。ここでの経験が現在の診療に生きていて、母校の先輩である理事長先生にとても感謝しています。しかし、55歳の頃これから先ずっと勤務医として働いていくのか考えていたとき、住宅・都市整備公団が都市づくりとして医療中心の施設をつくる計画があると声をかけてもらったんです。この地域には内科が少ないので地域医療に貢献したいという思いもあり思い切って開業を決意しました。今考えると年齢のこともあり運がよかったです。

患者の後ろ姿を見て自身の評価を知る

患者さんに多い主訴はどんなことですか?

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不整脈、狭心症、弁膜症などの症状を訴える方もいらっしゃいますが、最近多い主訴は咳です。感染症やアレルギーが疑われるケースも多いです。また、生活習慣病の検診でひっかかったと来られる患者さんも多いです。生活習慣病の場合自覚症状がないことも多いので、何のために治療するのか、目的と将来のリスクをしっかりと説明し、納得いただいた上で投薬などの治療を受けていただけるよう心がけています。

診療におけるモットーを教えてください。

「初心を忘れないこと」です。長年医師としてやってきましたが、診療後の患者さんの後ろ姿を見ると、今日は来てよかったと納得して帰って行かれるのか、納得できずにがっかりされて帰って行かれるのかが一目でわかります。患者さんの後ろ姿を見たとき、自分の医師としての評価を知るんです。だから患者さんのがっかりした背中を見ると「納得してもらえるまで向き合おう」と初心を忘れず、患者さんと心が通じ合えるまで努力しようと思いますね。医師と患者さんの信頼関係が大切だと思っていますので、多少診察に時間がかかっても納得してもらえるまでしっかりと説明することを心がけています。

先生のモットーにはどのような原点があったのでしょう?

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学生の頃講義で聞いた、診断学の教科書も書いた昔のある高名な教授の逸話が原点になっています。その教授が「私の誤診率は25%です」と言ったという話なのですが、「それは嘘だろう? 4人に1人間違えているということ?」と半信半疑でした。もちろん診断自体は正確で治療も間違っていないのですが、顕微鏡での組織所見で少しでも推察がずれると、すべて誤診とカウントしているというのです。今日のように優れた検査や診断の設備がない頃の話ですが、それを聞いた時に「こんなすごい人でも医師として決して驕らず、初心を忘れずに努力し続けているんだ」と衝撃を受けました。今でも自分が至らなかったと感じるときは、この話を思い出して初心に戻ります。

大切にされているお言葉もあるそうですね。

中国の漢詩に「少年老い易く 学成り難し 一寸の光陰 軽んず可からず 未だ覚めず池塘 春草の夢 階前の梧葉 已に秋声」というものがあります。現在72歳ですが確かにそうだなと。いつの間にか頭は白くなっているし、歩き方も若い時とは違う。心の中では若い、負けんぞと思っていますが、傍から見たら年を重ねていると気づくんです。自分への戒めであり、指針であり、教訓です。また、「自分がしてほしいと思うことは人にもそのようにしてあげなさい」という言葉。患者さんに接するときの気持ちです。もう一つは「敵は我が心の内にあり」。嫌だな、避けたいなという弱気な気持ちは、すべて自分の心の中にある。自分への戒めも含めて、この3つは日々大切にしていますね。

父の姿が今も理想とする医師の形

先生がお持ちの年季の入った黒いかばんが印象的です。

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父が往診で使っていたものです。父は明治生まれで、おそらく昭和の初めごろから使っていたと思うのですごくボロボロなんですが、これを見ていたら父の姿を思い出して。医師になって本当に良かったと思いますし、このかばんを持つ姿が本来の医師の姿かなと思うんです。いろんな検査機械など医療技術も進歩していますが、私は診療の基本である聴診器で診ることを大事にしていきたいです。父は開業後も勉強を怠らず、お金とは無縁で信念を貫いて診療しておりました。そしてそれを支え続けた母がいてこそ現在の私があると思うと、母への感謝も大きいです。その母は私が45歳の時、突然余命数か月ということが判明し、言いようのない悔しさに泣きました。以後、妻が毎日仏壇にお茶を供えています。

近い将来息子さんと一緒に診療されるそうですね。

その予定です。ありがたいことに息子は「お父さんと一緒にクリニックをやるのが夢だ」と言ってくれています。息子の専門は消化器なのですが、私が循環器専門なので将来一緒に診療することを考えて選んだそうです。患者さんがさらに快適に過ごせるクリニックをめざして改装も近々行います。息子には、自分にとって成功した良い思い出に驕ることなく、自分のもとを去った人、助けられなかった人、失った人、及ばなかった人、そういう患者さんを決して忘れずに真摯に向き合ってほしいと思います。病める人に寄り添う息子の姿勢に改めて教わることもあります。地域の患者さんに「何かあったら坂中内科クリニックへ行こう」と思ってもらえるクリニックを、息子とともに運営していきたいですね。

先生はとても若々しいですが、ご自身が健康のために意識していることはありますか?

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一番は希望や理想を失わないことです。希望や理想を失ったとき、人は老いると思っています。私はここ高槻西部の地で、地域に根差したかかりつけ医として生涯現役でやっていきたいと思っています。その気持ちが一番自分自身の健康につながっていると思いますね。あとは家内の力もすごく大きいです。毎日の食事面で栄養管理をきっちりとしてくれているので、本当に感謝しています。変わらぬ優しさとほほ笑み、笑顔に救われています。そして娘の助けも多大です。厚生局への書類作成など娘を頼りにしています。時間ができたときにはレコード店で、昔お金がなくて買えなかったクラシックなどの中古のレコードを探すのもとてもわくわくしますね。学生時代、国家試験直前の6回生の夏まで硬式テニスの正選手として頑張っていた頃が懐かしく、これからはテニスも再開したいです。いつまでも希望や理想を失わずに元気で地域医療に貢献していければと思います。

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