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いちかわ歯科医院

市川 智一 院長

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豊中市の西端、利倉西地区にある「いちかわ歯科医院」は、阪急神戸本線園田駅から車で5分ほど北へ上がった住宅地にある。全面バリアフリー仕様の院内で患者様を迎えるのは、人気の「人工クラゲ浮遊体アート」。おもちゃが出るカプセルトイは、治療を頑張った子どもたちのお目あての一つだ。また、毎年恒例クリスマスイルミネーションは、ニュースでも紹介される冬の風物詩として近隣の目を楽しませている。市川智一院長はかつて瀬戸内海に浮かぶ離島へ赴き、無医村である島の診療に貢献してきた経歴の持ち主。自宅開業を選んだのも公私ともに地域に根付くことを望んだからと話す。地元住民のファミリードクターとして慕われる市川院長に、診療へのこだわりや方針、趣味の話まで多彩に聞くことができた。
(取材日2018年7月23日)

無医村へ赴いた勤務医時代

―なぜ歯科医師をめざされたのですか?

両親は医療従事者ではありませんでしたが、私はわりと早くから医歯薬系に進みたいと思っていました。医師と迷った時期はあったものの最終的に大阪大学歯学部に進みました。実は祖母に「あなたが生きている間に戦争が起こらないとも限らない、もしそうなっても戦争で死んでほしくない、戦地に行かなくてよいのは医者や歯医者だ」とよく聞かされました。祖母は若くして戦争で夫を亡くし、その後女手一つで母を育てたそうです。大変苦労したらしく孫の私にはそうはなってほしくないと思っていたのでしょう。当の私は、この先戦争なんかあるわけないと思っていましたが、先のことはわかりませんね。ただ結果的にはよかったと思っています。

―勤務医時代の印象深かったことを教えてください。

やはりなんといっても離島診療を経験したことでしょうか。離島、無医村といっても、瀬戸内海の島々へ船で渡るのです。島民が数十人という小さな過疎の島から、数百人規模の比較的大きな島まで診療に赴いていたことです。交通機関となる船はそれなりの運航数があるのですが、当時から高齢により島外へ診療を受けに行くことが難しい方も増えてこられていて島に歯科の診療所が望まれていました。今では医科のほうは離島の方でも検査などができる船による設備などもあるようですが、歯科のほうはそういった施設はまったくなく、また歯科医師を募集してもなかなか集まらず難航していたそうです。そんな中、恩師は最初私に「遊びに来ない?」とだけいってきて、診療の話には触れませんでした(笑)。いつしか平日は大阪で歯科医院勤務、週末は瀬戸内の島々で診療という日々を送るようになりました。

―訪問診療の先駆けのような感じですね。

先駆けとまで言えるかはわかりませんが、15年前は、この先団塊の世代が定年を迎え、高齢社会の訪れが見込まれつつも、まだ歯科での訪問診療は珍しかった時代ですね。島側の協力体制のもと公民館などを間借りさせてもらい機器を持ち込むことで、虫歯治療から義歯、メンテナンスに至るまで通常の診療メニューを提供することができました。治療をあきらめていた年配の方たちも、どんどん来てくれるようになってうれしかったですね。「なり手が見つかるまで」との要請から気がつけば3年がたち、結婚と開業準備のために後任へ引き継ぐことになりました。いつも温かく迎えてくれていた地元スタッフの方々と今も連絡を取り合っています。



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