川畑歯科

川畑歯科

川畑 裕院長

152406

JR線玉造駅から15分ほど歩いたところにある「川畑歯科」。交通の往来の激しい玉造筋の道路沿いにある、こじんまりとして気安く入りやすい歯科医院だ。院長の川畑裕先生は、髭をたくわえた柔和な表情で患者を暖かく迎え、診察してくれる。「一人ひとりの患者は全部私が担当し、心のこもった診療を行う」と明言する川畑先生は、どんな患者にも先入観を持たず誠実な態度で信頼関係を築いていく姿勢を貫いている。「患者から感謝されることが何よりもうれしい」と爽やかに話してくれた川畑先生に、歯科医師らしくない変わった経歴と、勤務医時代の先生から教えられた歯科医師のあるべき姿など、話を聞いた。
(取材日2017年9月11日)

歯科医師の友人の存在が転身のきっかけとなった

―いったん就職しながら、なぜキャリアチェンジをして歯科医師を志すことになったのでしょうか?

名誉も経済力もある「歯科医師」という仕事がとてもうらやましく見えたからというのがそもそもの理由です。私は大学の経済学科を卒業して一般の企業に就職しましたが、心の中に今ひとつ満たされないものを感じていました。民間会社での仕事というのは会社の歯車のひとつでしかなく「自分の仕事で人が喜んでくれる」といった感覚は感じにくかったのです。なんとなく過ぎていく毎日の中で歯科医師である友人がまぶしく見えたということがあったと思います。もともと理系の分野は苦手ではなかったので、一念発起して大学を受け直し、歯科医師をめざすことにしたのです。また、当時は日本が高度経済成長の時代にありましたから、明日は今日より必ずよくなるという希望を誰もが持っていましたし、失敗してもなんとかなるだろうという根拠のない自信もありました。

―実際に受験勉強をして大学に入学した感想はいかがでしたか?

勢い込んで大学受験にチャレンジしたのですが、やはり相当にハードルは高く結局二浪して大阪歯科大学に入学しました。当時の大学という場所は、現在の大学と違ってまったくの「放任主義」でした。出席を厳しくチェックするわけでもないし、勉強をしなくても誰からも何も言われない。その代わり、成績が悪いと落第するだけでまったくの「自己責任」という風潮だったのです。しかし、私の入った大阪歯科大学はそうした一般の大学とは違い、勉強面でも生活面でも細かく管理されていました。まるで高校の延長か専門学校みたいなものですね。また、社会人を経験してから入学しているので、周りの学生は自分より若い年齡ばかりで何かと頼りにされていた手前、しっかりしなければという思いがありました。家庭教師のアルバイトにも精を出し、1ヵ月のアルバイト代が現在の新卒の初任給ぐらいあったので、経済的にも豊かで充実した4年間でした。

―大学を卒業してからの研修医としての経験について聞かせてください。

大学を卒業してからは、一般の歯科医院に勤務しました。最初の歯科医院は特殊な所で、阿倍野にある百貨店の中にありました。当時はまだ百貨店が現在ほど身近なものではなく高級で入りにくいイメージがありましたので、通院してくる人も一般の患者さんとは違っていました。そうした独特の患者層というものが私の対象とする患者層とは違っていたので少々戸惑いを感じていました。ただ、年齡も同期より上だし手先も器用だったので院長に信頼されて、通常なら患者さんを担当させてもらうのに3ヵ月かかるところを、私の場合は1ヵ月で一人前の歯科医師として診察をさせてもらっていました。次の勤務場所は私の友人の父が院長をしている地元の由緒ある歯科医院で、私は副院長という立場を任されて診療を行うとともに、医院内の臨床研究部門である「院内ラボ」で診療技術について大いに勉強することができ、開業後の診療に役立っています。

記事更新日:2017/10/27

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