ヒロコデンタルクリニック

ヒロコデンタルクリニック

田中 寛子院長

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医師の家庭に生まれ、両親の勧めで歯科医師へ

―歯科医師を志した理由をお聞かせください。

代々、医者か歯科医師の家系で私は13代目になります。父は歯科医師で、父の親も兄弟も歯科医師です。さらに母も衛生士でしたので、私が歯科医師になったのは環境が大きかったと思います。妹も歯科医師ですし、弟も歯科医師なんです。最初は自分の意思というよりも、家の方針でこの道に進んだというところもありました。ですから、思春期の頃は両親に反発したこともありましたね。 両親は理数系を望んでいたのですが、私は英文科などの文系や、美術部に所属していたのでそちらの方面に進みたかったんです。結局は親の望む道に進んだのですが、実際に歯科医師として仕事を始めてみて、やはりこの仕事でよかったと思うようになり、今では勧めてくれた両親に感謝しています。

―専門に学ばれたことは何ですか?

埼玉にある明海大学歯学部で6年間学び、卒業する際に歯周病を専門にしたいと思いました。両親の希望もあり、卒業後は地元大阪で歯科医師として仕事をすることを選び、大阪大学歯学部口腔治療学講座に入局し、研修医として2年ほど歯周病学と、歯の根っこなどの病気を診る歯内療法学を専門に学びました。その後は、大阪の郊外にある開業医のところで3年ほどお世話になりました。その先生の治療はとても正確で、特に抜歯処置の正確さは目を見張るほどでした。当時の私はまだ駆け出しで、1日に60~70人の患者さんが来院されるクリニックを一人で診療されている先生をすごいと思っていましたし、心から尊敬していました。その先生から学び、現在も生かされているのは抜歯の技術ですね。患者さんの悪いところの本質をパッと見ただけで、正確に捉えるという技術も身に付きました。次に勤務したのは、大阪のミナミにある都心のクリニックでした。そこは女性の院長で、患者さんへの対応など女性らしい気遣いをされていました。こちらのクリニックでは分院長を任されましたので、責任感やプレッシャーも感じましたが、その分非常に鍛えられました。患者さんへの接し方や心遣いを学び、それが開業した今も生かされていると思います。

―開業のきっかけを教えてください。

子どもが生まれる直前まで、横浜の歯科医院で勤務していました。最初は開業するつもりはなかったのですが、主人の一言がきっかけで開業を考えるようになりました。主人は訪問診療のリハビリマッサージをしているのですが、在宅療養の患者さんの多くは、入れ歯が合わなくて噛みにくい、歯茎が腫れて出血があるなど、お口の悩みが多いことに気づき、在宅の歯科治療ができたらと考えたようです。そこで私に相談がありました。できることを伝えると、主人から始めてみないかと提案があり、2人でやってみることになりました。ところが、訪問診療をするにしても医院としての形態があることが前提とわかり、当時住んでいた自宅マンションはオートロック式で、それでは医院として認められないとのことでした。それで、別の場所で開業を考えたのです。しかし最初は年齢のこと、小さな子どもがいることを考えると、開業はハードルが高いかなと不安を感じました。そんな時、弟の知人から綱島でクリニックを開いている先生が実家に戻るため、その後を引き継いでくれる医師を探していると聞いたのです。この場所は人気エリアですから、私以外にも10人ほどの方がやりたいと名乗り出たそうですが、運よく私に決まり開業することになりました。



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