あしはら歯科医院

あしはら歯科医院

古西 香保里院長

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豊橋鉄道渥美線の芦原駅を下車、梅田川に向かって線路沿いに歩くと3分ほどで「あしはら歯科医院」が見えてくる。おしゃれな南欧風の外観はまだできて間もない印象を受けるが、2007年の開業から11年にもなるという。院長の古西香保里(こにし・かほり)先生は、30年のキャリアを持つベテラン歯科医師だ。古西院長は、長野県出身。無歯科医地区だった地元のために開業し、17年の間、地域医療に尽力してきた。会社員だった夫の定年退職を機に、縁のあった豊橋市に転居。あらためて同院を開業した。噛み合わせ治療と歯根の治療に強い関心を持ち、機材の改善や治療技術に工夫を重ねてきた古西院長。ホームページにびっしりと綴られた歯科医療情報からも、患者の健康を思いやる温かい人柄が伝わってくる。(取材日2018年9月12日)

無歯科医村で開業し、2007年に豊橋で再スタート

―歯科医院の開業はここが2院目と伺いました。開業までの経緯をお聞かせください。

私は長野県南部の開田高原で生まれ、木曽福島で育ち地元の高校から埼玉県の城西歯科大学(現・明海大学)に進みました。親族に医師や歯科医師が多かったのですが、私自身は医療職をめざしていたわけではないんです。中学生の時、私の担任教師が父兄宛てに、子どもの進路志望確認の手紙を送ってきたんですね。その返信に「娘の進路希望は歯科医師」と、父が書いたのがきっかけでした。開田高原は、戦後長らく歯科医院のない村でした。父からは「歯科医師になって、自分の故郷を自分で守れ」と言われ続けていたので、子どもなりに責任感が芽生えたのでしょうね。卒業後、まだ勉強が必要と思って東京の歯科医院で働いていたのですが、祖母の死をきっかけに1年半ほどで実家に戻り、開業することになったんです。

―そこで初めて開業されたのですね。

そうなんです。ただ、地元の歯科医師会に入って開業するとなると、当時はまず地元の歯科医院で勤務医として働いて保険医療に習熟するようにという決まりがあったので、すぐには開業できませんでした。そこで南木曽町の歯科医院に2年間務め、それから開田高原で「ささゆり歯科」を開業しました。以降、一人で17年間、保険診療を中心に治療をしてきました。開田高原は木曽馬とそばの生産地として知られている農村で、高齢の住民が多いんですね。虫歯になっても我慢して、いよいよ無理となったら抜いて入れ歯にすればいいという考え方が浸透していて、根の治療のためにはなかなか通ってくださらないのです。とにかく入れ歯の患者さんが多く、入れ歯の治療や製作がない日はありませんでした。

―豊橋に移転した経緯を教えてください。

ささゆり歯科医院時代に主人と結婚したのですが、夫は豊橋市在住の会社員で、週末にお互いに行き来をする遠距離結婚みたいな感じだったんですね。夫は私より年上なのですが、ある時「数年したら定年退職することになるけれど、その後は住まいをどうしようか」と相談されました。私のほうは長年、無歯科医村で働いてきたけれど、どうしても義歯治療に偏りがちで、新しいことを勉強しても生かす機会がないと思い悩んでいたところだったんです。それにその頃には近隣に歯科医院も増えて地域の医療環境は良くなっていました。それで、私のほうが豊橋に移って開業しようと決めました。もう一つ、夫は少林寺拳法の指導者でもあり、定年退職後は子どもたちに教えたいという理想があったんです。豊橋のほうが開田高原より子どもが多いし、私の仕事も一からやり直せると考えて、2007年に「あしはら歯科医院」を開業することになりました。

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