かくた皮膚科クリニック

かくた皮膚科クリニック

角田 美英院長

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成城学園前駅北口を出て2分ほど。成城という土地柄、一般皮膚科だけでなく、美容皮膚科の患者さんも多く訪れるという、かくた皮膚科クリニックを訪れた。院長の角田先生はニキビ治療をはじめ、さまざまな皮膚疾患のほか、薄毛で悩む多くの患者さんに喜びを与え続けてきた。「患者さんの喜ぶ笑顔がまた、私のモチベーションにつながっているのです」。そう語る角田先生にお話を伺った。(取材日2009年09月16日/2015年2月9日再取材)

皮膚を見て全身の健康を知ることに魅力を感じた

―医師を目指したきっかけは?

高校一年生の時、父を亡くしたことが医師を目指すきっかけとなりました。元気だった父が何の前触れもなく突然仕事中に倒れ、死因は分からないままでした。私としてはすごくショックだったし、理由もわからないままでしたので、なかなか父の死を受け入れることができませんでした。医学を学ぶことで、父が亡くなった原因がわかるかもしれない、気持ちの整理がつくかもしれない、そう考えて医学の道に進もうと思いました。医学部に入り大学で学んだことは、柔軟な考え方で答えを導き出すこと。それまで、答えは1つしかないものだと思い込んでいた私は医学を通じて、人の数だけ答えは存在し、いろんな考え方が可能性を無限に広げていくのだと知りました。結局、なぜ父が亡くなったのか原因はわからないままでしたが、医学にはまだまだわからないことがたくさんあり、そのことを自分なりに納得できて、そこで初めて父の死を受け入れることができました。

―卒業後はどのように進まれましたか?

実は大学卒業後は、内科に入局したんです。内科に進んだのは、父の亡くなった原因を自分なりに知りたかったから。そこでは糖尿病内科に配属されたのですが、糖尿病の患者さんは皮膚疾患を持っている方が多く、内科にいながら皮膚科を学ぶきっかけとなりました。次第に皮膚疾患からその人の病気を考えていくという皮膚科に興味を持つようになり、思い切って転身を試みることにしました。しかし、当時は同じ大学の中で科を変えるというのは難しかったんです。いろいろな大学の皮膚科の入局試験を受けて、順天堂大学の皮膚科に入局しました。そこでは13年間務め、先天性表皮水疱症といった難病の研究を行う一方、脱毛症やアトピー性皮膚炎など幅広く皮膚科の知識を学ぶことができました。

―美容皮膚科もご専門に学ばれたとか?

大学にいた頃から、美容皮膚科という新しい分野に興味がありました。しかし、その当時は、大学では美容皮膚科はやらないという方針でしたし、ちょうど40歳で人生の転機ということもあって、大学を辞めてオザキクリニックという美容皮膚科のクリニックに入りました。新しい機械、新しい技術、見るもの全てが新しく、学ぶこともたくさんあり、いろんなことにどんどんチャレンジしていこうと思いましたね。一般皮膚科と美容皮膚科の両方をやらせていただき、私としてはすごくやりがいのある環境でした。その後、院長として務めた青山ラジュボークリニックは、レーザー治療に優れたクリニックで、最新のレーザー機器を用いた最先端の治療技術を学ぶことができ、現在の診療でも大いに役立てられています。



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