猪口 寛 理事長の独自取材記事
いのくち医院
(三養基郡みやき町/中原駅)
最終更新日:2026/05/22
佐賀県三養基郡みやき町、県道31号沿いに「いのくち医院」はある。白と木目を基調にした院内は温かな雰囲気。2003年の開業以来、整形外科・内科の外来とともに在宅医療に力を注ぐ。猪口寛院長は経験豊富な在宅医療の専門家であり、鳥栖三養基地区の在宅ネットワークを立ち上げ、佐賀県保険医協会副会長を務め、鳥栖三養基医師会で活動するなど地域医療に幅広く尽力する。勤務医時代に多くの患者の最期に立ち会い、病院で父を、自宅で祖母を看取った経験が、「自宅で最期を迎えたい」という思いに寄り添う今の診療の原点にある。穏やかながら、在宅医療への情熱が人一倍の猪口院長に、ホスピス構想や防災への取り組みも含め、話を聞いた。
(取材日2026年4月16日)
昔ながらの医者のように、患者のもとへ足を運びたい
先生が医師を志し、整形外科の道に進まれた経緯を教えてください。

父が医師で、きょうだいの誰かに医師の道に進んでほしいという思いを持っていました。兄は医学の道には進まなかったのですが、私は福岡大学医学部へ。卒業する頃はちょうど診療科が細分化され始めた時期でしたが、自分はスペシャリストよりもゼネラリストになりたいと考え、幅広く学べる外科に入局しました。出張病院を巡る中で整形外科の先生方にたいへんお世話になり、手術にも携わらせてもらったことが大きな転機になりましたね。開業前に改めて整形外科で研鑽を積み、柔道整復師の皆さんとの勉強会で脱臼や骨折の整復固定技術も継続的に学んでいます。外科での幅広い経験と整形外科の技能、この2つが今の医療の根っこにあります。
在宅医療に力を入れるようになったきっかけをお聞かせください。
開業前にいた大分の診療所で、雇われ院長として初めて在宅診療を経験しました。患者さんのもとへ足を運ぶ姿勢が昔の町医者と重なり、「これが理想の医師像だ」と感じたんです。それまで外科で約10年、患者さんの最期に何度も立ち会う中で自分の力のなさを痛感していたんです。けれど在宅なら、患者さんの望む環境で望むサポートができるのではないか、と。病院医療とは違う寄り添い方があると知ったことは自分にとって大きなことでした。もう一つ、大学に入った年に父が病院で亡くなり、祖母は卒後に自宅で私が看取ったのですが、家で亡くなった祖母のほうが、私から見るとより良い最期を迎えられたように感じたのです。この原体験が「自宅で最期を迎えたい」という患者さんやご家族の気持ちに寄り添いたいという思いの出発点になっています。
みやき町で開業された理由と、クリニックの特徴を教えてください。

親族の闘病を近くで支えたいという思いから、実家に近いこの佐賀県みやき町で2003年に開業しました。開業当初から在宅医療を主軸にしたいと考えておりました。当院は整形外科と内科を標榜しながら午前は外来、午後はすべて訪問診療にあてています。医療設備はデジタルエックス線やエコー、上部内視鏡など必要最小限ですが、一人ひとりの診察にできるだけじっくり時間をかけるようにしています。外来患者さんは、整形外科の疾患の方が多い印象ですね。開業当初から通ってくださっている方が年を重ね、自然と高齢の患者さんが増えてきました。長い方とは20年以上のお付き合い。かかりつけ医として健康を見守らせていただいています。
患者と家族の声を聴く。一人ひとりに寄り添う診療
訪問診療の体制や日々の取り組みについて教えてください。

訪問診療は私と看護師の2人で伺います。個人のお宅や施設を回っています。ケアマネジャーさんや訪問看護師さんからのご紹介で始まることが多いですね。多職種の連携にはメディカルケアステーションというICTツールを活用しています。導入当初は「医師への報告ツール」と受け止められがちでしたが、今ではケアマネジャーや訪問看護、施設スタッフ、薬剤師がお互いに情報を交換し合う場として機能しています。私自身は在宅医療、プライマリケアの分野でも研鑽を積みながら、鳥栖三養基地区で在宅ネットワークの立ち上げに携わり、佐賀県保険医協会では副会長を務めるなど、地域全体の在宅医療の底上げにも力を注いでいます。
患者さんと向き合う上で、大切にされていることは何でしょうか。
あいさつとお薬の処方だけで終えるような手短な診察ではなく、できるだけ患者さんの話を聞きたいし、うまく話を引き出したいという思いがあります。目線をいつも患者さんと同じ高さに合わせ、お話を丁寧にお聞きしていると、いろいろな情報が紐づいてわかってくるんですね。体の不調だけでなく、暮らしの悩みや気持ちの変化が見えてくることも。その分1人当たりの診察時間はどうしても長くなり、お待たせしてしまうことも少なくありません。それでも「待ち時間は長いけど、親身になってくれるから」と感じていただけるよう努めていますし、通い続けてくださると感謝の気持ちでいっぱいになります。外来でも訪問でも、まず患者さんの声にしっかり耳を傾けることが診療の出発点だと思っています。
患者さんのご家族のケアにも心を配られていると聞いています。

ええ。在宅医療では患者さんが亡くなった後のことも気にかけています。グリーフケアといって、残されたご家族が立ち直れているかどうか、ご家族に応じてお参りがてらお伺いして思い出話をするようにしています。特に長く介護を続けてこられたお連れ合いなど、思いの強い方には心配が残るので折を見て声をかけるよう心がけています。若い患者さんを亡くされたご家族の場合はなおさらで、お年を召した方とは違い覚悟ができていない分悲しみも深い。そうした方々に丁寧に寄り添い続けることも、在宅医療を担う医師の大切な役割だと考えています。そうした中で、「先生がいてくれたから、最後まで家で看ることができた」と言っていただけたら、これ以上のことはありません。患者さんとご家族の役に立てたんだと思えることが、何よりのやりがいです。
最後まで安心して暮らせる地域をつくりたい
日々の診療を支えるスタッフの皆さんについてお聞かせください。

常勤の看護師が3人、パートの看護師が4人、受付が2人のチームで診療にあたっています。木曜は息子も手伝いに来てくれています。スタッフにはいつも「患者さんのためにという気持ちを忘れないで」と伝えています。日々の業務に追われるとつい視野が狭くなることもありますが、そんなときこそ「患者さんの立場からしたらどうだろう」と立ち返ることが大切。私の目から見ても、スタッフは皆、患者さんのことをよく思い、優しく接してくれていると感じます。外来でも訪問先でも患者さんに安心してもらえるのは、こうしたスタッフの日々の心遣いがあってこそです。一人では到底できない医療を、チームで支え合いながら続けています。
ホスピスの建設を予定しているそうですね。今後の展望をお聞かせください。
今、診ている患者さんの中にも、受け入れ先に困っている方が少なくありません。開業当初からの患者さんもお年を召されていますので、自宅のような温かいホスピスホームをつくって最後まで寄り添いたいと考え、計画を進めています。もう一つ取り組んでいるのが防災です。熊本地震のボランティアに行った際、在宅療養中の方が取り残されている現実を目にしました。避難が難しい方はいわば「籠城組」になりますが、その方々を支えるという発想が今の防災にはほとんどありません。患者さん自身に避難計画をつくってもらい行政に届ける仕組みや、地区の防災士と連携して往診ルートを確保する体制づくりに向け、医師会を通じて働きかけています。自分一人の力は小さくても、志を同じくする仲間が広がっていけばと思っています。
医師として取り組んでいきたいことをお聞かせください。

私たちの世代は、まず患者さんに触れて話を聞くことを徹底的に教えられてきましたが、だんだんと画像データや検査結果を重視する医療へと移り変わっている印象があります。次の世代にバトンを渡すことを考える年齢になりましたので、後進の医師に伝えたいことがあります。「必ず患者さんに触る、話を聞くこと」。この問診と触診を大事にする姿勢を、これからの医師にも受け継いでほしいと心から願っています。私自身がそれらを日々の診療で実践しながら、体力づくりと心落ち着く時間を持つことも忘れないようにしています。休みが取れたときは近くの鷹取山に登ったり、バイクで走ったり。患者さんの容態が心配な日はそういうわけにはいきませんので年に何度か体を動かして英気を養い、翌日からまた患者さんのもとへ向かっています。

