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竹田 周吾 院長の独自取材記事

小児科竹田クリニック

(さいたま市岩槻区/岩槻駅)

最終更新日:2019/08/28

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「岩槻は昔、土蔵造りの町並みがあったんですよ。今はほとんど残っていないのが惜しい」と残念がるのは、竹田周吾院長。岩槻駅から徒歩10分の通り沿いに「小児科竹田クリニック」を開業したのが1999年。それまでの10年以上は「ほとんど地元に寄りつかなかった」と笑う竹田院長だが、感染症の研究をしたアメリカ留学を機に日本の良さに気づいたという。一方で、生まれ育った地元に開業した同院のつくりにはアメリカの病院の良さをふんだんに盛り込んだ。「割りと人の言うことは聞く」と自己分析するだけあって、いいものは素直に認める柔軟な性格で、それは医療連携の話を聞いても納得できる。そんな竹田院長に、医院の内装へのこだわりや、診療スタンス、今後行っていきたい取り組みについて聞いた。(取材日2016年7月28日)

気軽に来て、笑って帰ってもらえるクリニックをめざす

院長のご経歴をお聞かせください。

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1982年に慶応義塾大学医学部を卒業してから1999年に当院を開業するまでの17年間は、同大学病院および関連病院に勤務していました。私の専門は小児の感染症で、髄膜炎や肺炎、尿路感染などの治療に携り、同時に早期産児や循環器疾患を持つ赤ちゃんを含め、いろいろな疾患を持つ患者さんの治療にあたりました。ちなみに、今では予防接種により罹患者数が少なくなった髄膜炎ですが、細菌が鼻や喉から入り込む病気で、放っておくと後遺症が残ったり亡くなったりする危険もあるんですね。そのため、私が小児科の医師になったばかりの頃は、髄膜炎を見落とさないよう必ず指導されたものです。さらに、大学からアメリカのハーバード大学への2年半の留学も命じられました。2人のボスのもとで、感染制御とマイナーな細菌に関して研究を行いました。

17年前に開業されたとのことですが、外装がとてもかわいくておしゃれですね。

この建物は、留学先だったボストンの小児病院をイメージしてつくりました。初めてその病院を見た時、「わー、すごい!」と感動しました。きらきらして透明なエレベーターなんかもありましてね。昔の日本に多かった暗い病院だと、患者さんの気持ちもどよんとするでしょう。そうではなく、遊びに行くような気持ちで来てくれるような場所をつくりたかったんです。院内の工夫としては、感染症の疑いがある方は別の入り口から入っていただけるようにしました。また、入口から待合室の間にも透明の扉を取り付け、待合室に入る前にアルコールで除菌できるようにしました。扉があることで、冬は寒い風を待合室に入り込ませない効果もあります。またプレイルームも開業時から導入しています。開業当時は、珍しい設備だったんじゃないかなと思いますね。

院内もとても楽しい雰囲気ですね。

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壁に貼ってある絵は、スタッフが作ってくれたものなんですよ。私は怪獣が好きなので、患者さんが興味を持ちそうなフィギュアをディスプレイしています。ヒーローものの怪獣はやはり受けがいいですね(笑)。診察室では泣かずに診察を受けて、できれば笑って帰っていただきたいと思っています。病院嫌いのまま大人になる人も少なくないですが、そうならないほうが、きっといいでしょう? スタッフも同じ気持ちを持ってくれているんじゃないでしょうか。

患者のためにも医療連携を重視

患者層を教えてください。

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お住まいのエリアが区外という方も多いです。最近は、家の近くということにこだわらず、車を使ってでも相性の合うクリニックに通いたいという方が増えた気がしますね。小児科ですから、基本的には生まれたての赤ちゃんから中学生までを診ているのですが、大人になってからも引き続き来て下さる方もいます。私だと話しやすいのかな(笑)。風邪や胃腸炎などの一般的な病気と、予防接種でいらっしゃる方がほとんどですが、その他に不定愁訴、便秘、夜尿症を主訴に来院する方が増えています。

治療での心がけを教えてください。

患者さんにとって最良の選択は何かを考えることです。患者さんの利益を最優先と言い換えても良いと思います。最近は食物アレルギーを持つお子さんが増えています。食物アレルギーのお子さんは、特定の食物を食べると何かしらの症状が出る恐れがあります。でも永遠に食べてはいけないと制限していたら、そこから取るべき栄養をいつまでも摂取することができません。ですから、食べられるかどうかの診断もいずれかの時期にしてあげないといけません。そのような時には基幹病院にいる専門医の先生と連携して管理しています。それ以外の疾患についても、私ができることはできる限り診察します。重症の方や専門医が治療を行った方が良いと判断した場合には速やかに紹介するというメリハリが重要だと思っています。

院長は医療連携も積極的に行っているようですね。

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大学時代の先輩や仲間が基幹病院で活躍してくれているので紹介がしやすく、ありがたいですね。また、それ以外の先生方も皆さん親切に患者さんを診療してくださいます。紹介する際には、患者さんやその家族に不安な気持ちを与えないように心がけています。当院では引き続き治療をするのが無理である理由を説明し、紹介先の先生は信頼できる人であることをきちんとお話しするのです。患者さんに納得してもらえないと、紹介先の病院でトラブルになりますし、紹介先の先生にも失礼ですから。私自身も大きな病院に勤務していたときには患者さんを紹介される側でしたが、実は紹介されることはプレッシャーでもあったんですよ。この先に誰も紹介する人がいない状態、自分が「最後のドクター」ですからね。でもそういう経験をしたからこそ、患者さんを受け入れる医師の気持ちも考えて連携したいと思っています。

生活の質を向上させるために、幅広く相談に乗る

医師、中でも小児科医をめざした理由をお聞かせください。

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小児科医をめざしたのは、同級生に誘われたことがきっかけでした。その同級生は今は教授となりましたね。彼とは今でも仲良しですが、昔からとても優秀で、かなわない人だと思っていました。あとは、小さい頃に通っていた近所の小児科医の影響がある気がしますね。もう亡くなったその先生をとても好きだったんですよ。通院のたびに注射をされていたのに(笑)。あまり自分から話すことのない私に、先生がよく話しかけてくれたことは今も覚えています。「かわいがってくれた」「目をかけてくれた」という思いが今も私の心に残っていますね。ちなみに、中央競馬会の獣医師になりたいと思っていた時期もあったんですよ。動物と話すのは大好きでね。今も猫を飼い、高齢になってしまった犬を実家に預けています。

大学時代はどのように過ごされたのですか?

勉強よりも、クラブ活動をやったり、弱いのですが麻雀をやったりしたことのほうが印象深いかな(笑)。大学のクラブ活動は、友達に誘われてバレーボール部に入りました。中高時代は卓球や弓道などをやっていたのでバレーボールは初めてでした。いつも誰かに誘われて始めるタイプなんですね。一人で過ごすことも苦ではないのですが、気が楽だから男同士でいるのは好きですね。一方で、大学を卒業して初めて女性の看護師さんと働き始めた時には、友人たちには心配されました。

最後に、今後についてお聞かせください。

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感染症や風邪だけでなく、生活の質を高めるための健康相談も受けていきたいと思っています。例えば夜尿症もその一つです。命に関わる病気ではありませんが、小学校高学年になっても治らないお子さんは修学旅行などでプレッシャーを感じているはず。そんなお子さんの相談に乗りたいですね。今はいい薬が出ていますし、生活習慣の改善やアラームをうまく使う方法などもあります。私も新しい治療法を勉強しながら最善を尽くしていきます。しかし、一人で抱え込むつもりはありません。餅は餅屋ですから。必要なら、早めに専門医に紹介する姿勢も維持したいと思っています。17年も開業していると子どもの成長が目に見えるんですよ。患者さんは全員がよその家のお子さんですが、「あの子がこんなに立派になって」と感じる。そんな喜びを実感しながら、これからも生まれ育った地域に貢献していきます。

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