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並木 俊始 理事長の独自取材記事

並木産婦人科クリニック

(厚木市/本厚木駅)

最終更新日:2019/08/28

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小田急線本厚木駅から頻繁に出る路線バスで7分ほど、中村入口バス停を降りて1分で現れるモダンな建物が「並木産婦人科クリニック」だ。1988年8月8日という末広がりの日に開業して以来、県央地区では知られたお産の場所として地域に親しまれ、数万人の赤ちゃんを取り上げてきた。こちらを本院として、合わせて4つのクリニックで不妊治療も含めた幅広い産婦人科診療に携わっている理事長の並木俊始先生に、安全なお産への思いや取り組みについて、話を聞いた。
(取材日2016年6月3日)

留守中に毎日清掃が入る、完全個室でリラックス

たいへんきれいなクリニックですが、移転されたそうですね。

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9年前に、400mほど離れたところから新築移転しました。1988年に開業した時は11室で、4度ほど改築を重ねてきたのですが手狭さには限界があり、より良い診療環境を求めて移転したのです。完全個室の19室は全室トイレ・洗面台・テレビ・冷蔵庫を完備しています。お掃除は毎日、検査やマタニティクラスで部屋を空けられている間に入るようにしています。手ぶらで入院できるよう、身の回りのものも一通り揃えてありますので、ご負担なくリラックスして出産に臨んでいただきたいですね。また、移転でスペースに余裕ができたので、受付と待合室を少し離すことができました。大抵のクリニックでは待合室の前に受付があり、会計時などのやり取りがどうしても周りの人の耳に入ってしまいます。私はそれがとても気になっていて、移転時には真っ先にその改善を考えました。

お産に向けて、オリジナルのパンフレットを配られると聞きました。

「ママになるあなたへ」というA4判88ページのものです。当院のベテラン看護師らが時間をかけて作り上げました。グループ内のクリニックでお産される方にお渡ししていて、マタニティクラスから入院中、1ヵ月健診まで使っていただいています。看護師は皆、何が何ページに載っているとすぐに答えられるくらいまで読み込んでいます。医学的に大切な知識はもちろん、体調面で不安になりやすいことの内容まで網羅してありますので、これを読めばご安心いただけるかと思います。実は沐浴の手順のページで、モデルの赤ちゃんは私の孫なのです(笑)。写真で細かく手順を紹介していますので、分かりやすいのではないでしょうか。そのほかには、妊娠中には赤ちゃんのエコー画像をUSBでお渡しもできます。出産後には、産声を録音したSDカード、足型入りの写真色紙、オーガニックコットンのベビーウェアをお祝いに差し上げています。

最近は、出産年齢も高齢化していますね。

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30代、40代の方の出産が増えていますね。当院では海老名に不妊治療を専門に行う拠点もあり、47歳でのお産を当院でされた方もいました。生物として人間を見たときには、初めての出産は23〜25歳くらいが望ましく、実際に30年ほど昔の初産平均年齢は25歳でしたが、今は30.5歳です。高齢出産の定義も以前は35歳でした。ただ、寿命も着実に伸びていますし、ゴルフ場などへ行ってみても70代の方がプレイされている時代です。環境や栄養状態が良くなっていることで、肉体的には5歳くらい全体に若返っているのかもしれません。出産には膣の硬さや骨盤の筋肉などが重要ですが、40代の出産が可能になってきているのは、そういうことなのでしょう。それでも、卵子にはやはり年齢が重要ですので、不妊治療でも採卵だけはなるべく早く、40歳前に行うことをお勧めしているんです。

2割近くは異常が生じるお産を、安全に安心に

こちらでは自然分娩を基本とされていますね。

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お産というのは怖いものだというのを忘れてはいけません。分娩までは何事もなかったとしても、お母さんが分娩室から出て2時間出血がない状態が続いて初めて、安全なお産だったと言えるものなのです。ですから、余計な手はかけずに無理せず自然な状態でお産に導いて、自然から外れるようならこちらからも手助けをするという感じです。実は、正常な状態で終えられるお産は約8割と言われていて、2割弱はどこかで医師によるなんらかの誘導や介入があるものなのです。当院では、1988年の開業以来、数万人もの赤ちゃんの誕生を見守ってまいりましたが、お母さんの性格や体質、体格、年齢も影響しますから、お産はすべて一つとして同じものはないのだと実感させられますね。

妊婦の安全を図る工夫はありますか?

分娩に入られている方4人までの心拍数を、クリニック内の様々な場所でモニターしています。ナースステーション、外来診察室、当直室などですね。ですから、たとえ診察中であっても看護師から内線で誰それさんの様子をみてくださいなどと連絡が入ると、その場ですぐモニターをチェックして、必要な手をすぐに打てるのです。お産では、念には念を入れる慎重さがとても大切です。私は常々、石橋を叩くだけでは足りない、誰かが安全に歩いていったのを確認してから自分が渡るくらいに慎重になりなさいとスタッフに言っているんです。自動車のドアを開く時も、いきなりバンと開けると隣の車に傷をつけてしまうでしょう。日頃から慎重に振舞うことが肝心なんです。

妊婦自身にも、慎重さが必要なのでしょうね。

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その通りです。妊娠されたお母さんには、自分が妊娠しているというのを常に認識して行動しなさいと言うんです。スポーツをしてもいいのですが、つい夢中になってやりすぎてはダメです。お風呂も温泉も入っていいですよと言っています。ただし、茹だるまで入っていてはいけません。何事も適度にしてほしいのです。妊娠していると自覚できていれば、自分の体を労われることでしょう。そういう心持ちで、いつも行動していただきたいですね。

診療は会話。患者とのコミュニケーションを大切に

医師になられた経緯を教えてくださいますか?

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実は初めは、理系の医学部ではない大学に進学したのですが、60年代末の学園紛争の時代だったんです。1年間休校になったりして、自分自身のことや今後の人生についてじっくり考えるうちに、人間関係を大事にやっていきたいと思うようになりました。ですから今も、患者さんとの信頼関係を第一に考えています。それに患者さんごとに境遇や環境も違いますから、目を見ながら理解できているか確認してからお話するように心がけています。処方せんは一つではないですし、診療も会話なんですね。そうして、横浜市立大学医学部に入り直したところ、ひと学年60人のうち、東京大学を卒業して入ってきた者も6人いましたね。当時の若者は自発性もあり、大人だったのでしょう。こじんまりとした大学ですが、おかげで今も同級生とはよく集まり、公私ともに良い仲間ですよ。卒業生の4割は横浜に残っていますし、神奈川県内には7割がいます。

産婦人科に進まれたのは、どうしてですか?

医学部の卒業が1977年ですが、その前年の76年に鹿児島で五つ子が生まれたんです。多胎妊娠というものです。そうした出来事もきっかけで、お産を扱ってみたいと思うようになりました。その後、小田原市立病院で四つ子を取り上げたりもしました。今は三つ子以上だと帝王切開にしますが、当時は下から産んでいたので大変でしたね。体外受精も数多く行いましたが、今ほど機械的ではなくて、毎日採血して卵胞をチェックして内分泌がどのくらい上昇するかというのを見守っていました。当院では海老名に不妊センターがありますが、不妊治療中は出血や多胎妊娠、卵巣過剰刺激症候群といったリスクもありますので、夜間や休日は当院でバックアップ体制をとっています。不妊治療を専門に行う医療機関でも、なかなかバックアップ機能を自前で持つところは少ないのではないでしょうか。

プライベートでの楽しみは何ですか?

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ハワイに恋しているんですよ(笑)。ハワイではどこへ行ってもハワイアン音楽がゆったりと流れていて、心が和むんですね。訪れるようになって20年になります。なかでも、ビッグアイランドと呼ばれるハワイ島が一番好きです。コナやヒロという町がありますが、山を越えると気候がまったく違いますし、マウナケアという雪も降る山は2800mまで車で上がれるんです。島の南のサウスポイントはアメリカ合衆国の最南端なんですが、レンタカーでは入ってはいけないくらいの荒涼とした道で、いいんですよ。ワイピオ渓谷でのトレッキングも楽しかったです。診察室のデスクマットにマップを挟んでいて、診療の合間に眺めて喜んでいるんです(笑)。

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