森山医院

森山医院

森山 義和院長
頼れるドクター掲載中

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「この待合室が私の遊び場でした」そうにこやかに話す森山義和院長。先代である父・森山義雄氏が開院し50年以上の歴史を持つ「森山医院」には、穏やかで心温まるやさしい空気が満ちている。この雰囲気作りに一役買っているのが、看護師でもある森山院長の妻の存在だ。地域医療に尽くす2人の姿を、患者たちも家族のように見守り信頼している。地域医療の原点とも呼べる心の交流が、この医院の中では今もなおよどみなく交差している。
(取材日2018年7月5日)

謙虚さを忘れない医師でありたい

―医師をめざしたきっかけを教えてください。

1959年に先代の院長である父がこの地に当院を開院しました。私が学校から帰ってくると、医師として働く父の姿がここにありました。今の待合室は幼い頃の私の遊び場だったんです。ここで患者さんたちに遊んでもらい、とてもかわいがってもらいました。日々、医師である父や優しい患者さんたちと触れ合うことで、私も自然と医師という職業を選びました。高校時代には研究職に就くことも想像したのですが、生涯の仕事として長く続けるなら医師しかないという結論を出しました。医師になってもう20年がたちますが、やはりこの仕事を選んで良かったと実感しています。

―先生が医師の道を選んだとき、お父さまの反応は?

とても喜んでくれました。父だけでなく母や姉たちも応援してくれましたね。親戚にも医師が多い家系ですが、父は私に医師になれと強要したことは一度もありません。それどころか、他にもたくさん職業はあると説いたくらいです。しかし、やはり医師になりたい気持ちが強く、医師への道を選びました。父は胃がんで亡くなったのですが、それを最初に発見したのは私でした。私が医師になって1年目のときです。父が調子が悪いと訴えるので、私がエックス線を撮り、怪しい影が見つかりました。父のエックス線のフィルムを大学病院に持っていき、より精密な検査を受け胃がんと診断されました。当時は何の因果かと複雑な思いでしたが、今となってみれば、ほかのドクターではなく私が発見したことを良かったと思えます。

―お父さまのような医師をめざしていらっしゃるのでしょうか。

かつての私の理想はパーフェクトに治療できる医師でした。しかし父から、世の中には無数の病と、それに悩む患者さんがいること、そもそも「医者が治す、治してやる」という考え方が思い上がりなのだと教えられました。病を治そうとするのは患者さんご本人。医師はそれをいかにサポートするかが問われる。薬を飲んだから治るのではなく、それは患者さんご自身の治癒力のおかげ。「治してやる」ではなく「手助けする」のが医師の務めで、そういう気持ちを忘れてはいけないと教えられました。若かった頃は父の言葉がピンと来なかったのですが、今思えば父は私に「医者は常に謙虚であれ」と伝えたかったのでしょう。父は昔の医師らしい剛健なタイプでしたが、私は正反対で、患者さんと話し込むタイプです。患者さんへの接し方は違いますが、父からは医師として大切なことを教えられました。



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