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朝倉 勉 院長の独自取材記事

朝倉歯科医院

(茨木市/茨木駅)

最終更新日:2019/08/28

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包括的歯科治療をモットーに、噛み合わせを重視した予防と治療に尽力する「朝倉歯科医院」。1983年の開業当初から訪問歯科診療を実践し、通院困難な患者への口腔内ケアも積極的に行ってきた。院長の朝倉勉先生は、人と人とのつながりを大切に、一歩先を見据えた歯科医療で、地域の患者だけでなく、病院や大学、福祉関連施設からも厚い信頼を寄せられてきた。商社マンから歯科医師へ転身した異色の経歴や、必要とされる歯科医療をめざして取り組んできた実績について、多岐にわたり語ってくれた。
(取材日2019年3月27日)

求めれば必ず道は開かれる

歯科医師になる前は、他業種を経験されたそうですね。

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出身は愛知県の尾張で、濃尾平野の田園風景が広がるのどかな環境で育ちました。実は歯科に進んだのは20代後半になってからで、大学は関西大学経済学部に入学しました。学生時代は授業よりもむしろアルバイトに没頭していまして、流通業界、飲食店、新聞社、百貨店関係などさまざまな業種を経験。大手スーパーでは仕事ぶりを買われて、バイトの身分ながらも夜行列車で九州まで行き、新店舗の立ち上げを手伝ったこともありました。多種多彩な業界を垣間見て、選んだ就職先は繊維を扱う商社でした。日本の高度成長経済を支えるのは自分たちだと言わんばかりに猛烈に仕事をし、マーケティング、ブランディングに関わったサラリーマン時代の営業経験が、今の歯科診療に生かされることも多いです。

サラリーマンから歯科医師へ。転身の理由は何だったのでしょう?

70年代に入り、日本の産業構造が鉄鋼産業から繊維産業へ、流通革命があり、さらにはIT産業へと変革していくのを肌で感じていましたから、自分の進路を見つめ直したのは自然の流れだったように思います。歯科に目が向いたのは、手先が器用で細かい作業が得意だったこと、また田舎に歯医者がなく歯を悪くしてしまい、大阪で歯科治療を受けたのですが、高い治療費の割には満足のいく治療が受けられなかったことがありました。妻に背中を押されて決心がついた私は、上司に退職の意を伝え、受験勉強を開始。職場の仲間も応援してくれ、上司公認のもと仕事の合間に倉庫で参考書を広げることも。2度目の学生生活は、猛烈に仕事をしてきた解放感もあり、生涯の中で最も勉強した時期です。卒業後はすぐに開業したかったので、学校の勉強だけでなく歯科医院の現場で臨床研修に励みました。

専門的に学ばれた分野はありますか?

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歯科大学を卒業し1983年に開業した後は、得意分野を極めたいと考え、卒業後も母校の歯周病学教室に入局、クリニック診療での傍ら学位を取得しました。また当時はワイヤーをかける矯正歯科が注目され始めた時期でしたので、大阪大学、大阪歯科大学の矯正歯科の医局に足を運び、積極的に技術を学びました。医局の歯科医師とは年齢が近かったこともあり、勉強だけでなく素晴らしい人間関係が築けたことは貴重な経験でしたね。開業した当時、インプラント治療はまだ日本にほとんど普及していなかったのですが、10年後、20年後には入れ歯に代わり必要とされる治療法だと私は確信していました。そこは商社マンとして培った、先見の明というのでしょうか。研鑽を重ね、今では自分がセミナーで指導するまでになりました。

包括的歯科治療で口腔全体をキュア&ケア

講演会や出版など、積極的に情報発信を行っていますね。

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一般企業で勤務した経験から、ほかの先生方よりも歯科材料や治療機器を扱う企業の情報に敏感で、業者をスタディグループや同窓会に招いてセミナーや講習会を企画しました。ただ、そうしたセミナーは、あくまで自分のところの商品を購入してもらうことが目的です。正確な情報発信のためには業者主導型ではなく、歯科医師が歯科医師に正しい情報を伝えるセミナーの必要性を感じ、技術や知識の習得の場の設立に貢献しました。また、必要な情報を歯科医師だけでなく、一般の方にも伝えていくことが重要だと感じ、スタディグループの広報を担当することが多かった私は、歯科に関する本の出版も積極的に手がけるようになりました。インターネットやメディアを活用した情報発信、講演会や地域の啓発活動にも力を入れています。

診療スタンスをお聞かせください。

近年は歯科分野においても専門性が細分化されていますが、歯科医師たるもの、口の中をオールラウンドに診て、全身の健康にも寄与すべきだと私は思っています。診療では包括的歯科治療を基本とし、歯を失う原因としても知られる虫歯と歯周病の治療と予防に注力しています。以前は歯周外科治療に専念していましたが、この2つがきちんとキュアできていれば、そもそもインプラントは必要ないのです。また、長年の歯科医師人生の中で実感しているのが、安定した噛み合わせと咬合の構築こそが、口腔を守る上で重要だということです。歯列を形成する歯の形、歯と歯の隙間、顎の関節に問題があると、虫歯や歯周病を招きやすくなります。本来の正しい噛み合わせを導くには、質の高い補綴治療が必要です。当院では開院時から技工室を設け、常勤の技工士さんによる精度の高さにこだわった補綴物を提供しています。

歯科医師の臨床研修施設、歯科衛生士の実習施設として、若手の育成にも取り組まれていますね。

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「技工士学校で教わった技術だけでなく、大学の教室で補綴の知識を専門的に学びたい」。そんな勉強熱心な歯科技工士がいたんです。その希望をかなえてやりたくて、大阪大学の第2補綴の教授にお願いしたところ、快く引き受けてくれました。それなら当院で大学の医局員の先生を受け入れ、実践型の指導や研修が行える場を提供しようというのが始まりで、歯科医師臨床研修制度が導入された1年目に、早速、私自身が臨床研修指導歯科医となるべくこの時、協力型臨床研修施設の指定の申請をしました。それから10年以上にわたって学生の指導を行ってきたことで、クリニックを支えてくれる頼もしい歯科医師が育ち、大学の医局とも強い連携関係を築くことができました。

介護の目線で思いやりあふれる訪問診療を

開業してすぐに訪問診療を始められたのはなぜですか?

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当時は今ほど高齢化が深刻ではありませんでしたが、患者さんの中に脳卒中で入院してしまい、通院できなくなった方がおられました。その時、患者さんが入院されていた病院の内科部長が、たまたま知り合いだったのでコンタクトを取り、訪問診療を行うようになりました。当時は保険制度が十分でなく、訪問診療に適した設備や器具もありません。工夫を凝らしながら対応しているうちに、「空いている部屋を使って、ほかの患者さんも診てあげてほしい」と病院からの要望もあり、さらには病院から特養施設、グループホーム、在宅と依頼がどんどん増えていき、訪問診療が本格的にスタートしました。

訪問診療の充実に向けて、さまざまな取り組みをされていますね。

施設・病院・福祉・行政との連携がほとんどなかった時代に訪問診療をしていて、介護事業目線で診療することが重要であると気づきました。ただ医療と介護には壁があり、それを払拭するため、私自身もケアマネジャー資格を取り、地域包括支援センター委員を委属され、地域ケア会議にも積極的に参加しました。2000年4月1日に介護保険法が施行され、地域包括ケアシステムの構築も進み、ようやく地域連携の必要性が見直されるようになりました。今後はさらに歯科医療と介護が隔たりなく受けられる体制を整え、地域の健康維持に努めていきたいですね。

最後に、今後の展望をお聞かせください。

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当院は、かかりつけ歯科医機能強化型歯科診療所の施設基準を満たしており、生涯にわたって安心・安全な歯科治療を提供し、定期的な検診や予防によって患者さんの健康に寄与するため、設備や体制を整えています。また、私が好きな言葉は「研びて道は拓く」で、学び研鑽を重ねれば必ず道は開かれると信じて、今までやってきました。地域の患者さんの生涯にわたって思いやりのある、かつ良質の医療技術を提供していきます。子どもたちの健康な発育に関わり、なんでも相談できる身近な歯科医院であり、かかりつけ歯科医院としての役割を持ち続けていきたいと努力を重ねていきます。

自由診療費用の目安

自由診療とは

ホワイトニング/1回1万800円~(×3回)、ワイヤー矯正/上下90万円、インプラント治療/34万円

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