全国のドクター9,285人の想いを取材
クリニック・病院 161,120件の情報を掲載(2020年10月21日現在)

  1. TOP
  2. 大阪府
  3. 箕面市
  4. 箕面駅
  5. 澤田歯科医院
  6. 澤田 護 院長

澤田 護 院長の独自取材記事

澤田歯科医院

(箕面市/箕面駅)

最終更新日:2019/08/28

125938 %e6%be%a4%e7%94%b0%e6%ad%af%e7%a7%91%e5%8c%bb%e9%99%a2

阪急箕面線・箕面駅から南西に徒歩で5分。澤田歯科医院の澤田護(まもる)院長は祖父から3代にわたって歯科医師として医療に携わっている。こだわりを持っているのが「入れ歯」。かつてはインプラント治療も行っていたが、義歯の可能性の大きさに気づき、研究や工夫を重ねてきた。自分自身も総義歯を利用しており「それだけに患者さんの気持ちがわかる」と言い「外れる」「食べにくい」といったストレスの解消に取り組んでいる。また部分入れ歯については、残っている歯の上に“冠”をかぶせるように義歯を安定させる「コーヌスクローネ」の技巧に自信を持っている。そんな澤田院長に、これまでの歩みや義歯への思いなどを聞いた。
(取材日2017年12月11日)

父が取り組んでいた入れ歯治療に興味を持つ

おじいさんとお父さんも歯科医師だったそうですね。

1

祖父は愛知県生まれで、一旗揚げようと、明治時代に文明開化で華やかだった横浜に出てきてさまざまな職業を経て歯の治療をしていました。現在のような歯科医師制度はありませんでしたから、歯を抜いて義歯を入れる「入れ歯師」みたいなものだったと思います。父は大阪市福島区で開業していました。裏通りの五軒長屋の端から2軒目、1階が住居で玄関から階段を上がった2階に診療室と待合室がありました。私は男4人女3人の7人きょうだいの末っ子です。兄も姉も医療の道には進まなかったので、「自分ひとりくらいは」という気持ちもあって歯科大学に進学しました。歯科医師になると決めたのは高校生の時でしたが、治療の処置に集中して入り込むような仕事は自分に向いているとも思ったのです。

なぜ箕面で開業したのですか?

私が大学を卒業した年に父が亡くなりました。父の診療所はレントゲン設備もなく、夜間診療のみを行っておりましたので、そのまま後を継ぐことは考えられませんでした。勤務医になり、開業したのは1970年5月。最初は大阪の門真市内です。当時、大阪には地方からたくさんの人が仕事を求めて集まってきていて、門真にはアパートが密集するように建っていたので患者さんも多いだろうと思いました。実際は多いどころか、多すぎました。次々と機械的に治療をこなしていくという感じで、もっと、じっくりと考えながら診察したいと考えたのです。それで郊外で環境の良い、今の場所に中古の家を買い、改装して1975年に移転開業しました。

入れ歯での治療に関心を持たれたのはいつですか?

2

父は「入れ歯作りが得意」と自負していた一方で、患者さんの満足を得られない場合も多く「入れ歯は難しい」と、よくこぼしていました。そんなこともあって興味を持つようになったのです。「何とかしなければ」という使命感のようなものもあって大学に入ってから勉強を重ねました。臨床現場に出るようになってからもいろいろな材料を使い、さまざまなテクニックも試しました。ところが、総義歯に関しては顎の状態によって左右されることが多く、顎の状態が良いという条件下になくては、どんなに工夫をしてもなんでも噛める快適な物を作るのは難しいという結論に達しました。痛くなく噛める入れ歯を作るのに悪戦苦闘しつつも、実現は難しく「入れ歯とはそんなものだ」と達観していた時期もあったのです。

吸着する入れ歯に大きく影響を受ける

入れ歯への見方が変わったのは、どのようなきっかけがあったのですか?

3

1980年代の初め頃……今から35年ほど前のことです。ある歯科医師の作った総義歯は吸着性があって特別な接着剤を用いているわけでもないのに、少々引っ張っても外れず、リンゴをまるかじりしても、ビーフステーキにかぶりついても平気なのです。信じられなくて、ものすごいショックを受けました。大学で入れ歯を研究している補綴学の教授に聞いても、そのような入れ歯については知らないということでしたから、一種の「秘伝」のようなものなのでしょうね。それをきっかけに自分でも作ってみようと研究を始めたのです。当時はインプラント治療もしていましたが、普段の治療をしつつ、義歯の研究や試行錯誤を重ねました。

それで吸着性のある総義歯作りができるようになったのですね。

上顎はわりあい簡単ですが、下顎は歯肉がかなり収縮している場合は難しいです。結局、一番苦労するのは口内の型取りなんです。義歯の出来は90%以上は型取りの精度で決まります。そこが工夫のポイントで“企業秘密”のようなものです(笑)。それで患者さんにも提供したいと思ったのですが、当時の診療所は建物の2階にあってバリアフリーではなかったので、もともと箕面で最初に開業した、この場所に、現在の診療所を建てて2001年に戻ってきました。電車で地元以外から来る患者さんが増えて箕面駅からバスを利用しないといけない立地では申し訳ないということもありました。

現在は入れ歯での治療が専門なのですか?

4

いえ。そうではありません。一般歯科として虫歯などの治療の延長線上で必要があれば入れ歯を作ります。とはいえ、当院のホームページをご覧になって栃木県や熊本県といった遠方から「総義歯を作ってほしい」といらっしゃる患者さんもいますから入れ歯に力を入れているのは確かです。それに歯科医院も、これからはますます対応する領域を細分化させる時代になってきているのではないでしょうか。予防歯科や、義歯といった領域ごとでの専門化が求められてきていると感じていますので、私は入れ歯治療で、そんなニーズに応えていきたいのです。

自分自身も総入れ歯だからこそ

以前はインプラント治療もされていたのですよね。

5

はい。しかし、現在はやっていません。理由としては、自分の入れ歯の技術に自信ができたからなんです。でもインプラントを否定しているわけではありませんよ。入れ歯は慣れるまでが大変だったり、外れたりするという不満もあって今はインプラントを選ぶ患者さんも増えているようですが、現実には抜歯のタイミングが遅れて骨の層にまで影響が出ている場合など、インプラントが難しくなるケースも結構多いのです。だから入れ歯の需要はまだまだありますし、特に部分的な場合は、バネではなく残っている歯にかぶせ物をして入れ歯を安定させる仕組みを作る「コーヌスクローネ」の技法が有効だと考えています。高度な技巧が必要で私独自の方法で治療を行っています。ですので、その腕をさらに磨いて提供し続けていく意義があると思っています。

ご自身も総義歯を使っておられるのですね。

20年くらい前からです。自分の歯を残そうと思えば残すこともできたのですが、歯科医師の甥に抜歯をしてもらい、型取りは自分でして、入れ歯を作りました。自分自身で体験してみて初めて患者さんの気持ちがわかるという思いもあったからです。そういう部分はいくら勉強をしたり経験を重ねるだけではわかりませんからね。これまでに何回か作り直して改良し、進化も実感しています。私が割り箸を噛み切ったり、リンゴをまるかじりする様子をホームページにて動画で紹介していますので、ぜひ当院を検索してご覧になってください。

最後に患者さんへメッセージをお願い致します。

6

きっちりと歯が入って噛めるようになったときの患者さんのうれしそうな顔を見るのがやりがいですので、総義歯やコーヌスクローネで地域の患者さんに貢献していきたいと思っております。粘膜印象の取り方に私独自の方法があり、コーヌスクローネに関しては、患者さんに感謝していただいております。インプラントと違ってコーヌスクローネの場合は手術が不要ですし、費用もインプラントに比べると抑えることができます。これからは治療が多様化していくと思いますので、義歯やコーヌスクローネで患者さんのご要望にお応えできるように、治療の腕を磨いてきたいと思いますね。しっかりと説明することを心がけているので、総義歯や部分義歯に興味のある方は一度相談に来ていただければと思っております。

Access