澤田歯科医院

澤田歯科医院

澤田 護院長

頼れるドクター

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阪急箕面線・箕面駅から南西に徒歩で5分。澤田歯科医院の澤田護(まもる)院長は祖父から3代にわたって歯科医師として医療に携わっている。こだわりを持っているのが「入れ歯」。かつてはインプラント治療も行っていたが、義歯の可能性の大きさに気づき、研究や工夫を重ねてきた。自分自身も総義歯を利用しており「それだけに患者さんの気持ちがわかる」と言い「外れる」「食べにくい」といったストレスの解消に取り組んでいる。また部分入れ歯については、残っている歯の上に“冠”をかぶせるように義歯を安定させる「コーヌスクローネ」の技巧に自信を持っている。そんな澤田院長に、これまでの歩みや義歯への思いなどを聞いた。
(取材日2017年12月11日)

父が取り組んでいた入れ歯治療に興味を持つ

―おじいさんとお父さんも歯科医師だったそうですね。

祖父は愛知県生まれで、一旗揚げようと、明治時代に文明開化で華やかだった横浜に出てきてさまざまな職業を経て歯の治療をしていました。現在のような歯科医師制度はありませんでしたから、歯を抜いて義歯を入れる「入れ歯師」みたいなものだったと思います。父は大阪市福島区で開業していました。裏通りの五軒長屋の端から2軒目、1階が住居で玄関から階段を上がった2階に診療室と待合室がありました。私は男4人女3人の7人きょうだいの末っ子です。兄も姉も医療の道には進まなかったので、「自分ひとりくらいは」という気持ちもあって歯科大学に進学しました。歯科医師になると決めたのは高校生の時でしたが、治療の処置に集中して入り込むような仕事は自分に向いているとも思ったのです。

―なぜ箕面で開業したのですか?

私が大学を卒業した年に父が亡くなりました。父の診療所はレントゲン設備もなく、夜間診療のみを行っておりましたので、そのまま後を継ぐことは考えられませんでした。勤務医になり、開業したのは1970年5月。最初は大阪の門真市内です。当時、大阪には地方からたくさんの人が仕事を求めて集まってきていて、門真にはアパートが密集するように建っていたので患者さんも多いだろうと思いました。実際は多いどころか、多すぎました。次々と機械的に治療をこなしていくという感じで、もっと、じっくりと考えながら診察したいと考えたのです。それで郊外で環境の良い、今の場所に中古の家を買い、改装して1975年に移転開業しました。

―入れ歯での治療に関心を持たれたのはいつですか?

父は「入れ歯作りが得意」と自負していた一方で、患者さんの満足を得られない場合も多く「入れ歯は難しい」と、よくこぼしていました。そんなこともあって興味を持つようになったのです。「何とかしなければ」という使命感のようなものもあって大学に入ってから勉強を重ねました。臨床現場に出るようになってからもいろいろな材料を使い、さまざまなテクニックも試しました。ところが、総義歯に関しては顎の状態によって左右されることが多く、顎の状態が良いという条件下になくては、どんなに工夫をしてもなんでも噛める快適な物を作るのは難しいという結論に達しました。痛くなく噛める入れ歯を作るのに悪戦苦闘しつつも、実現は難しく「入れ歯とはそんなものだ」と達観していた時期もあったのです。

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