清水小児科医院

清水小児科医院

清水寛子 院長
頼れるドクター掲載中

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今年で開院44年目という「清水小児科医院」。開院当初から一人で診療から受付、薬の処方を行ってきた院長の清水寛子先生は、診察時も白衣を着ないという。それは子どもたちに怖い思いをさせないため。そんな清水先生の思いは、医院の随所に反映されている。天井が高く、カーペットが敷かれた明るい待合室や動物の描かれた壁紙、小さな子ども用トイレ、赤ちゃんがハイハイをして一人で診察室に入って来られるすき間など、子どもの視線に立ったインテリアが印象的だ。先生は、子どもたちが苦しい思いをしないよう病気の予防に努めることを第一義に、注射や投薬も必要最低限で済むようにと日々努力を惜しまない。現在は校医や園医も務め東京医療センターの勤務医でもある娘さんの助けも借りて、開院当初の患者さんたちの二世代目・三世代目を診療している。(取材日2010年2月25日)

開院当初から、患者さんは二世代目・三世代目へ

―開院されて44年だそうですね。

【清水院長】昭和37年に開業したんです。それまでは日赤病院にいたのですが、この近くに開業し、娘が生まれてこの場所に移りました。当時はこの辺に病院はほとんどなかったんです。当時はお子さんがたくさんいましたけど、今はお子さんがとても少なくなりましたね。

【千鶴先生】母はここで長く診療しているので、患者さんは二世代、三世代目の方もいらっしゃいます。一度この地を離れても、お子さんができて戻って来られる方も。「僕も昔、このシロップ飲んでたんだよね」なんて懐かしがられる親御さんもいらっしゃいますよ。

―50年前は女医さんも少なかったと思いますが、小児科を目指されたのはなぜですか?

【清水院長】医者ではない父の影響があって、医者を目指したんです。「この子は医者にしよう」と思っていたみたいです。父の時代には戦争がありましたから、女の人でもひとりで生活できるように、と思ったのかもしれません。医者として働かなくても、資格として持っていて欲しかったんだと思います。小児科を志したのは、子どもが好きだから。自分の子どもができるまで続けようと思っていたのですが、この辺りには小児科があまりありませんでしたから、通って来られるお母さんたちに「私が代わりにおむつ洗ってあげるから」「ミルク飲ませてあげるから」続けて欲しいと言っていただいたんです。

【千鶴先生】この地域の方にも助けていただきましたが、母も私を育てながら仕事を続けるのは大変だったと思います。うちは診療時間が短いのですが、お昼休みの間に母は家事をして、私と過ごす時間を作っていましたね。診療時間になるとまた母は医者の顔になっていたのが印象に残っています。

―先生の健康法を教えてください。

【清水院長】おいしいものを食べることですね!私は好き嫌いがなく、何でも食べます。今思うと、戦時中で食料の少ないなか、母が工夫して色々作ってくれたお陰かなと思います。趣味も食べることです(笑)。娘の家族と月に一度おいしいものを食べに行くことが今の楽しみですね。



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