新開歯科医院

新開歯科医院

新開 豊 院長

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大井町線等々力駅から徒歩3分のところにある「新開歯科医院」が誕生したのは、戦後間もなくのこと。歴史ある医院には、子供の頃から大人になるまでずっと通い続ける方や、親子代々かかりつけ医としているご家族、さらには富士山の麓から2時間近くかけて通院している方もいるという。ドアを開けると、3代目の院長を務める新開 豊先生が優しく気さくな笑顔で迎えてくれた。インタビューが始まると、どんな質問に対しても、噛み砕いた言葉を使って丁寧に答えてくれる。こうして患者さんとの間にも、日々あたたかな信頼関係が生まれていくのだろう。(取材日2008年2月8日)

勉強不足を反省し、あえて一番厳しい環境に身を投じました。

―歯科医になろうと思われたのは、いつ頃ですか?

大学受験に向けて進路を考える、高校2年の終わりですね。当時は、父がここで院長をやっていたんです。その頃から通ってくださっている患者さんの話によると、父は毎日常に「患者さんの役に立つにはどうしたらいいだろうか」と考えていた人で、時代の流れや患者さんのニーズに合わせて、診療システムや治療技術なども随時、柔軟に変化させていたようなんです。おそらく、歯科医としての信念云々の前に、まずは"患者さんありき"という考え方をする人だったんですね。そんな父の姿を見ていたこともあり、やや安直ではあるんですけれど「僕もやってみようかな」という気持ちで歯科大学を目指すことを決めました。

―実際、歯科大学での生活いかがでしたか?

まず、周りに変わった人が多くて驚きました。対象となるものが口というすごく狭いもので細かい作業が多いからか、みんな職人系なんですよ。とにかくこだわりが強い。でも1年もすると、自分もすっかりまわりに溶け込んで何も感じなくなってしました。歯の勉強については、もちろんゼロからのスタートですが、何をやっても楽しかったです。というわりに、実は学生時代はあまり真面目ではなく、必死になったのは卒業してからなんですけれど。

―卒業してからというと?

卒業後は、それまであまり勉強してこなかった反省もあって、大学病院のなかでもっとも厳しいといわれる科に身を投じてみようと思ったんです。そこは義歯や冠せもの、差し歯などの研究を行う補綴科というところなんですけれど、教授に直々頼みに行ったら、しばらくじーっと見られた後に「・・・まぁ頑張りなさい」と許可をいただきました。本来なら、期待の星のような優秀な学生が集まる科ですから、それから始まった3年間は実に厳しかったですね。



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