宇佐見歯科医院

宇佐見 弘道院長

110532

のどかな田園地帯が広がる名鉄津島線青塚駅。駅から徒歩で3分ほどの距離にある「宇佐見歯科医院」がここで開院したのが1991年のこと、以来四半世紀を超えて地域の歯科医療を支え続け、今では医院の建物は周りの風景にしっかりと溶け込んでいる。患者との対話を重視した診療で地域住民からの信頼も厚い宇佐見弘道院長に、開院から現在までの思い出話や治療の方針、そして常日ごろ心掛けていることなどについて、じっくりと語ってもらった。
(取材日2017年1月12日)

スタッフ全員が明るい笑顔と笑声で患者に応対

―まず歯科医師をめざした理由、そして開業までの経歴を教えてください。

子どもの頃は世界や日本の名所・旧跡などに興味があり、旅行会社の添乗員に憧れを抱いていました。その後、中学生・高校生時代の、進路を真剣に考える頃には「人のためになるような仕事をしてみたい」と思うようになり、手先が器用なこともあって「歯医者も選択肢の一つかな」と真剣に考えるようになったのです。そして、旅行会社の添乗員は、歯科医が向いていないと判断した時に方向転換してでもなれるので、歯科医師を第一志望にしたのです。当時はまだ歯科医師が比較的少ない時代で、歯科医院に行っても待合室は込み合っていて、しかも重たい空気が立ちこめた雰囲気でした。そんな雰囲気が苦手で、実は子ども時分の私は歯医者に行くのが嫌いだったのです。そして、「もし自分が歯医者になって自分の医院を持ったら、もう少し気楽に通えるような、明るく暖かな雰囲気にしたいなぁ」と子どもの頃から思っていました。

―大学卒業後、勤務医を経て津島市で開院したとのことですが、津島市での開院は特別な理由があるのですか?

私は津島市近くの出身で、いわば地元です。大学も県内の愛知学院大学で、卒業後は名古屋の百貨店の中にある歯科医院で3年間、その後安城市の歯科医院で3年間、計6年の勤務医を経験した後で、地元の津島市に戻って開業しました。これは一般論ですが、医科でしたら勤務医として働く場所も豊富ですが、歯科の場合は勤務医としては口腔外科くらいしかないですから、ある程度の経験を積んだら自分で開業する道を考えざるを得ないのです。私の場合、百貨店内の歯科医院時代は卒業したばかりなので何でも経験してみようという気持で臨んでいました。患者層は場所柄からビジネスパーソンや主婦が多かったですね。保険診療だけでなく自費診療を希望する患者もいて、良い経験となりました。その後の安城市の歯科医院では高齢者が多く、入れ歯治療の経験を積むことができました。そうした勤務医の経験から自信が生まれたため、地元津島市で開業したわけです。

―患者さんへの応対で心がけている事などはありますか?

「患者さんが気楽に通えるような、明るく暖かな雰囲気の歯科医院」というのが歯科医師をめざした私の初心です。今でも、それを忘れずに患者さんに接するように心がけています。私自身は治療の過程でこまめに声を掛けて患者さんの緊張をほぐすこと、椅子を倒す時も起こす時も一声かけること、長時間倒しっぱなしにしないで、こまめに口ゆすぎを行うことなどを意識しています。またスタッフには、言葉づかい、気遣い、笑顔を徹底させています。特に顔が見えない電話での応対は、冷たい機械的な受け答えは厳禁、「笑声」で応対するよう厳しく指導しています。そして、患者さんの話を良く聞くことです。そうしたことの地道な積み重ねが、患者と医院との信頼感を育むのです。



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