西山耳鼻咽喉科

西山耳鼻咽喉科

西山 哲院長

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田園都市線の市ヶ尾駅から2分ほど歩いたところにある「西山耳鼻咽喉科」は、1988年の開業以来、地域医療に尽力している医院だ。西山哲院長は「僕自身がアレルギー性鼻炎なので、クーラーの効いた部屋に長時間いるのがだめなのです」と照れながら話してくれた。自分もつらい思いをした病気だからこそ、「患者さんも何とかしてあげたい」という気持ちが強いのだという。今回は、患者が気軽に何でも相談できる医院をめざす西山院長に話を聞いた。
(取材日2018年5月16日)

きっかけは耳鼻咽喉科の人手不足

―先生はどんなお子さんでしたか?

すぐに熱を出したりお腹をこわすような体が弱い子供でした。幼稚園の卒園式はおなかをこわして出られなかったし、小学校の修学旅行は熱を出して行けず、行事の度に体調を崩しては病院に行っていましたね。体が丈夫なほうではなく運動オンチだったのですが、大学時代は剣道部に所属して剣道に打ちこんでいました。剣道をやろうと思ったきっかけは、当時、大ヒットした青春ドラマを見て、「ちょっと剣道をやってみようかな」と刺激されたのです。それほどうまくはならなかったのですが楽しかったですね。

―どうして医師をめざされたのですか?

僕は三重県出身で、実家は旅館を経営していました。高校生の頃、その当時は深夜放送の走りで、マスコミ関係や放送局での仕事に憧れていました。写真が好きだったのでカメラマンを夢見たこともありました。でも「好き」だけでは駄目で、自分には才能がないなと思い、その道は諦めました。高校3年生になって自分の進路を決めるにあたり、叔父と叔母が医師だったため、その影響で医学の道に進もうと思いました。

―なぜ耳鼻咽喉科を選択されたのですか?

卒業後は三重に戻って内科の医師をする予定だったのですが、事情があり、東京に残ることになりました。そんなとき「耳鼻咽喉科は人が少ないので入らないか?」という知り合いの勧めがあったのです。自分も喉が弱くてよく熱を出していたし、そして何を隠そう私自身がアレルギー性鼻炎。自分もつらい思いをした病気なので、これを自分でなんとかしたいという思いもあり耳鼻咽喉科の勉強を始めたのですが、耳鼻咽喉科の勉強は処置だけではなく手術がとても多くて、初めは予想以上に大変でしたね。



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