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森川 富夫 院長、森川 亜耶 副院長の独自取材記事

バンビ歯科

(横浜市青葉区/あざみ野駅)

最終更新日:2020/04/01

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横浜市青葉区の高台すすき野にある「バンビ歯科」は1982年の開業以来、地域住民の口の健康を守り続けてきた。森川富夫院長とその娘である森川亜耶先生をはじめ複数の歯科医師によって幅広い診療を提供する同院には、小さな子どもから高齢者まで多くの患者が通う。最近は、これまで通っていた高齢の患者のための往診もスタートしたのだそう。時折混ざるやわらかな京都弁が優しい森川院長。ユーモアたっぷりな人柄は聞き手の心をつかみ、都度、亜耶先生に見せる父としての顔には愛娘への愛情があふれている。それを受ける亜耶先生の表情も優しい。そんな両先生に、日々の診療や患者への思いなどたっぷりと聞いた。
(取材日2019年11月27日)

地域に根差し、幅広い患者に対応する歯科医院

こちらにクリニックを開院した経緯を教えてください。

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【森川院長】「バンビ歯科」は1982年に開業しました。出身の京都で開業することも考えていましたが、卒業後の勤務地が青葉台で土地勘もありこの地を選びました。当時すすき野は団地を除いて造成地ばかりでしたが、これから開けていくと確信していましたね。当院は、子どもから大人まで親子3代で通ってくださる方など年齢層は幅広いです。僕と患者さんとクリニックが一緒に年を重ねているような感じですね。旅先でのお土産や、家庭菜園や農家の方が、旬の野菜なども届けてくださったりと、そのお気持ちに感謝しています。これは長く診療を続けてきた中での財産ですね。

かわいらしい院名の由来を教えてください。

【森川院長】昔、妻と交際中だったときに、妻の姉たちが僕に「バンビ」というあだ名をつけたんです。当時は僕も切れ長の目をしていましてね、バンビちゃんと呼ばれていまして(笑)。それで子ジカのバンビの後ろに「シカ(歯科)」をつけて「バンビ歯科」にしました。今思えば「森川歯科」だったら「森川で診てもらった」と呼び捨てにはしづらいでしょう? でもバンビは「バンビで診てもらった」と呼び捨てにできるので、親近感を持っていただくことができて、よかったと思っています。

ここ数年の患者層や診療内容の変化について教えてください。

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【亜耶先生】ここ数年で印象的なことといえば、前歯を1本セラミックにした高齢の患者さんが、それを機にすべての歯のホワイトニングをされたことですね。これは、美や健康への意識の高い人が多いこの地域ならではのことだと思います。このような地域の高齢の患者さんに加えて、インターネットで検索してこられた若い人や働いている世代の患者さんが増えましたね。また、私が歯科医師になり10年がたち経験も増えたことで、提供できる診療の幅が広がりました。例えば2年前にマウスピース型装置を使った矯正の勉強会に参加してから当院でも取り扱うようになりました。本格的な矯正は専門の先生にご紹介していますが、ちょっとここだけ、1ヵ所だけという人に対応しています。

親子だからこそのチームワークの良さが光る診療

もともと通院されていた患者さんの往診を始められたそうですね。

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【森川院長】これまで通院してくれていた患者さんが、70歳、80歳となって足腰が弱ってきて、そろそろ通うのが難しいかなと思われたときに、往診をやっているとわかれば安心感が生まれますよね。通えなくなっても家まで来て診てくれるという安心感を持ってほしくて往診を始めました。もちろんお引越しされたり施設に入られることで、ずっと診ていくことが難しくなることもありますが、当院の下まで来ていただければ昇降機もありスタッフみんなで院内までお通しすることもできますし、それが難しければ往診というように、患者さんの選択肢を増やしたかったんです。僕と娘の2人でやっていますのでスケジュール的に大変なこともありますが、これまで通ってくれていた患者さんのために、ご希望があればお断りすることなくお受けしていくつもりです。

親子で診療するのは、どんな感じなのでしょう?

【亜耶先生】周囲では親子で一緒に診療していると衝突するという話も聞きますが、うちはそういうことはありません。私はようやく一通りのことができるようになり、もっといろいろなことをできるようになりたいと技術だけを追ってしまいがちなのですが、患者さんとの接し方などは父をお手本にしています。2人体制がうまくいっているので診療の幅も広げていくことができるのだと思います。
【森川院長】娘が勉強会で力をつけていくと同時に、私は確実に年をとって若い頃とは動きも違ってくるわけで、今ちょうどその狭間なんだと思います。2人で協力して、この部分お願いね、この処置をよろしくと治療をシェアすることもありますね。僕が使われることもあるけれど(笑)。院内の主軸が娘のほうに傾いてきたということでしょう。

スタッフとのチームワークも良いそうですね。

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【森川院長】初診の患者さんはたいてい不安で身構えていますが、おそらく僕が診るときには、歯科医院に対するハードルがかなり下がっているのではないでしょうか。当院のスタッフは勤務10年以上のベテランぞろいですから、電話で予約を取るときの応対、来院したときの受付での声かけ、診察室での歯科衛生士の気配り、それらによってずいぶん気持ちが楽になっていると思います。当院は診察室から受付までがオープンスペースになっています。ユニットの間にパーティションがあると歯科医師と患者さんだけの空間になってしまいますが、全体で空間をつくりその雰囲気の中で集中しています。どうすれば歯科に対する恐怖心のハードルを下げることができるかを皆で考えてチーム医療に取り組んでいます。

あらゆるニーズに対応できる歯科医院にしていきたい

森川院長が歯科医師をめざしたきっかけは何でしたか?

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【森川院長】もともとは3歳上のいとこの影響で医学部志望でした。しかし自らの学力を過信し、受験したのが某大学の医学部、見事にはね返されてしまいました。一旦は京都府立大学に進学しましたが、やはり受験しなおそうと思ったときに、友人から東京医科歯科大学はどう?と勧められたんです。半年間遊びほうけていたので、とても医学部は間に合いません。でも、「歯の健康には欠かせない存在、人の役に立つことには変わりはない」と直前になって歯学部に進路を変更しました。無事入学後、東大生や夜間大学生、さまざまな価値観の学生たちと一緒に下宿生活を続けていくうちに、明確に「歯医者になりたい」という気持ちになりました。入学後に、ですから後先が逆ですが(笑)。今では天職だと思っていますし、背中を押してくれた当時の下宿メンバーには感謝しています。

亜耶先生が歯科医師になったのはやはり父である院長の影響でしょうか?

【亜耶先生】そうですね。歯科医師に限らず医療関係の仕事に興味があり、看護師や理学療法士などの道も考えていました。両親にはいろいろ迷惑をかけ、歯科医師になることを決めたのは最後の最後だったのですが、両親から歯科医師になることを勧められたことはなく、いつもやりたいことをやればいいと言ってくれていました。この仕事はやっぱり楽しいなと思いますし、父がよく言っているように、誇りと責任感がある仕事だと思います。患者さんからお礼を言っていただけて、感謝してもらえるというのはほかの業種ではないことですね。
【森川院長】だから、この仕事はやりがいがあり、こちらがしっかりと治療をしなくてはいけないという気持ちにさせられるのです。

最後に今後の展望や地域の人へのメッセージをお願いします。

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【亜耶先生】今もいろいろな分野を勉強中なのですが、10年後には近隣に市営地下鉄の駅ができる計画もあり、これからこの地域も世代が変わってくると思うので、どの世代にも対応できるようにしていきたいです。父が開業して30年以上がたちますが、私もずっとここでやっていくつもりです。
【森川院長】僕は開業して2年目から後輩の先生と一緒に診療をしていて、彼らは皆、円満に当院を去っていきました。それが僕の誇りでもあります。そういった経験を踏まえて、今、娘を見ていて、一人前になったなと客観的に感じています。ですから、5年後は立場が逆転していることに期待したいですね(笑)。高齢の患者さんはお話をじっくり聞くことも大切なので、5年後、10年後はその係を私がやりましょう。自分も年を重ねた分、高齢の患者さんの悩みも気持ちもきっとわかると思います。

自由診療費用の目安

自由診療とは

マウスピース型の装置を用いた矯正(矯正期間により変動あり)/15万円~、ホワイトニング/2万円~、セラミック治療/4万円~ 
※すべて税別

※歯科分野の記事に関しては、歯科技工士法に基づき記事の作成・情報提供を行っております。
カスタムメイド矯正装置(マウスピース矯正)については、効果・効能に関して個人差があるため、 カスタムメイド矯正装置(マウスピース矯正)を用いた治療を行う場合は、必ず歯科医師の十分な説明を受け同意のもと行うようにお願いいたします。

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