西川歯科医院

西川歯科医院

西川 敏文院長

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近鉄南大阪線・針中野駅から徒歩3分、地下鉄谷町線・駒川中野駅から徒歩7分の所にある「西川歯科医院」は50年以上続く歯科医院。院長の西川敏文先生は、この地で生まれ育ち、岡山大学歯学部を卒業後、大阪歯科大学で補綴学の博士号を取得。後に歯科医師である父から医院を継承し、道路を挟んだ向かい側の地に移転して現在に至る。西川先生は、入れ歯や噛み合わせ治療の知識・経験が豊富で、7年前に導入したCAD/CAMシステムを用いた詰め物・かぶせ物によるセラミック修復治療にも力を入れている。患者に「ここに来てよかった」と思ってもらえるような治療に取り組んでいるという西川院長。歯科医師になった経緯や、継承してから現在に至るまでの診療について、じっくりと話を聞いた。
(取材日2017年10月2日)

父の代から開業50年以上にもなる歯科医院を継承

―お父さまの代から50年以上続く歯科医院だそうですね。

そうなんです。父が歯科医師で、この街で歯科医院を開業していました。私は、岡山大学歯学部に進学するまで、この地で生まれ育ちました。父の代から通ってくださっている患者さんも多く、「大きくなったね」「こんなに小さかったのに」とよく声をかけられました(笑)。父とともに15年ほど勤務を続けてきましたが、当時の院内が古くなってきたことで、もう少し広い場所をと探していたときに、道路を挟んだ向かい側にある現在の地が空くことになり、移転リニューアルした次第です。

―歯科医師になったのは、やはりお父さまの背中を見ていたからですか?

歯科医師になったのは、やはり父が歯科医師だったので自然な形で歯科医師をめざしていましたね。親から歯学部の受験を勧められたのですが、関西にある歯学部は一つも受験せず、親元から離れるため、遠方にある大学しか受けませんでした。後に父とともに勤務することになりましたが、普通は親子で勤務すると、親御さんからの厳しい指導や干渉に耐えかねて独立開業する方もよくいるんですが、私の父はまったく怒らなかったですし、逆に私に治療方法などについて相談してくるくらいで、とても勤務しやすかったんですよ。

―大学時代はどのように過ごしましたか?

岡山大学に進学し、全学の体育会ボート部に所属していました。授業や実習が忙しい上、朝5時からの朝練をと夕方の練習に行くという生活を5年間続けました。大学在学中に受けた補綴学の講義が非常に興味深かったので、卒業後は大阪歯科大学で補綴学を学び、博士号を取得しました。現在も母校で非常勤講師を勤めています。私がもともと顎関節症を専門にしようと学んでいたのですが、補綴学講座で深く学べるということで進学したんです。小さい頃からプラモデルなど細かい作業が好きで、手先が器用なほうだったこともあり、補綴の分野は非常に細かい微調整が必要なので、自分に向いていたのかなと思いますね。

記事更新日:2017/10/26


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