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服部 一志 院長の独自取材記事

レディースクリニック服部

(横浜市青葉区/たまプラーザ駅)

最終更新日:2019/08/28

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たまプラーザの閑静な住宅街に佇む「レディースクリニック服部」。院長の服部一志先生が出産をメインにしたクリニックを立ち上げたいと、この地に開業したのは26年前のこと。これまで数えきれないほどの出産に立ち会ってきた。自然分娩を大切にしている同院は、妊婦がリラックスできるような配慮が至る所に感じられる。どこかの家庭に訪問したような気持ちになる入院者用のダイニングがあり、特別豪華なメニューではないが、30~50年前の日本の母親がつくっていた食事をベースに、吟味された食材で一品一品愛情を込めて手作りされている。はっきりとしながらも思いやりあふれる言葉を紡ぐ服部先生に、自然分娩のことから開業医としての役割、今後の展望までたっぷり語ってもらった。
(取材日2016年6月20日)

絶妙なタイミングと判断で道先を案内する交通整理人

開業して26年、ご自身の産婦人科医としての仕事内容に変化のようなものはありますか?

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最近の医療は“守り”の姿勢で治療を行うため、自分のスタイルと合わなくなっているような気がしています。例えば、自分の医院に来た患者さんを診察できる科を有していない場合、簡単に「○○科がある医院に行ってください」となってしまいます。私は自分のところに来てくれた患者さんは、オールマイティーに診たいと思っていますので、危ないといわれるような状態の方も受け入れたいと考えています。40歳以上の高齢出産の受け入れには、院内でも反対の声があるのですが、私は受け入れたいと思っています。当院で対応できないケースに関しては、専門の医師を紹介したり、より施設の整った総合病院などに搬送するなどの体制は整っています。このような病気の振り分けは交通整理人のような仕事ですが、私はここに来た患者さんをすべて受け入れ、的確なタイミングと判断で道先を案内する役割を果たしていきたいと思っています。

高齢出産はやはり危険なものなのでしょうか?

若い人に比べ、危険を伴うケースが多いのは確かです。30~40年ほど前は、38歳くらいから危険と言われていたと思いますが、今は若さや体力などさまざまな要因が考えられますが、昔とは若干違っていますね。私は38、39歳あたりは普通の出産と考えています。さすがに40歳を過ぎると、より設備の整った総合病院などに搬送しなければいけないようなケースもありますが、そうなる直前までは私が診ていたいと思っています。高齢だからといって受け入れないという姿勢を取るのではなく、40歳を過ぎていてもすんなり出産する人もいます。問題なく出産できるならそれでいいのですが、うまくいかないときに頑張りすぎて、赤ちゃんを危険な状態にしてしまうのはいけないことですから、その判断のタイミングを逃さないようにするのがとても重要になります。

開業医だからこそできることを大切にされているのですね。

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総合病院は、担当する医師によって診療が異なってはいけませんから、皆が同じ治療をする必要がありますが、町の開業医はそれとは大きく異なります。専門医ではなく一般医として、患者だけでなく、家族構成など詳細な情報を含め、患者のバックグラウンドを知った上で治療方針を立てていきます。ご家族との関係性や他に子どもが何人いるかなどの状況を把握しながら退院時期を決めることもあります。これが開業医、ファミリードクターのあるべき姿だと思っています。

家族全員を診るファミリードクターになりたくて

先生はどのような少年時代を過ごしたのでしょうか?

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生まれは東京都葛飾区ですが、勤務医だった父の転勤に伴って小学校時代は横須賀市で過ごしました。子どもの頃は自転車で往診に行く父について行くのが楽しみでした。父の仕事に同行できる誇らしさというのではなく、患者さんのお宅にお邪魔すると、お菓子やジュースを出してもらえるのがうれしくて仕方なくて。ある日、お菓子を期待して父の往診について行くと、着いた先は大きな土管にムシロを敷いた、家とは言い難いような場所でした。いわゆるホームレスですね。当然、お菓子が出るわけもなく、期待外れだと思ったことがあります。当時は子どもだったのでわかりませんでしたが、父は私に何か伝えたくて、往診に連れて行っていたのだと思います。勤務医だった父がホームレスを往診することは考えにくいことですから、父には何か考えがあったのでしょう。

医師を志したのはお父様の影響ですか?

小学校1年生まではバスの運転手、2年生になると京浜急行の運転手になりたいと思っていました。医師になろうと思ったのは小学校3年生のときのことですが、父の影響というよりも周囲の影響でしょうね。父から医師になれと言われたことはありませんが、周りの人が口々に「お父さんのようにお医者さんになるんでしょう?」と当然のように言って、決め付けられていたという感じでしたから。

産婦人科を選ばれたのはどのような理由からでしょうか?

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漠然と父のように内科になるだろうと思い、家族全員を診ることができるファミリードクターになりたいと考えていました。あるとき、産婦人科の医師に「ファミリードクターになりたいのなら、産婦人科が一番だ」と言われたことがきっかけになっています。産婦人科医は妊婦さんをだけを診ていればよいのはなく、妊婦さんを取り囲むご家族を知らなければなりません。また、出産はご家族にとっての一大イベントですから、そこに関わることができるのというのは、まさにファミリードクターでしょうね。

これまで培った経験を診療で伝えながら進みたい

診療の際にはどのようなことを心がけていますか?

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医療の主役は医師ではなく患者さんです。医師はサポートをしているだけに過ぎませんから、患者さんが余計な心配をすることなく、安心して出産に臨んでいただけるようにと心がけています。そのためには、患者さんが何を心配しているのかを把握しておかなければいけませんから、常に患者さんの話をよく聞きくようにしています。ベストな出産をサポートして、満足していただけるように、どんなささいなことでも双方の意思をしっかりと確認し、患者さんには大船に乗ったような気持ちになっていただきたいですね。出産というものは神秘的なものです。受精から出産まで、神様が決めたスケジュールに沿って行われていると思っていますから、そのスケジュールを人の意思で無理矢理に変える必要はありません。ご本人の体から発せられるタイミングに合わせ、子宮の声に耳を傾けながら出産に立ち会っています。

お休みの日はどのように過ごされていますか?

ここしばらく休日は仕事をしていることが多いですね。最近、『歎異抄』という親鸞の本を読んだのですが、この考え方は日本人にマッチしていると思いました。人間が生きる道というのは、自分がやりたいことをして、それが人のためになっていれば、それが喜びになるのでしょう。私自身も休日に仕事をすることで、より詳細な患者さんのデータを走り書きでなくサマリーの形でまとめることができていますし、それが実際に役に立ったときは本当にうれしいですね。私は患者さんと話をしているときが、一番のストレス解消です。患者さんの質問や悩みなどに、さまざまな情報を加味してスパッと応えることができて患者さんに納得してもらえたときには喜びを感じます。

今後の展望をお聞かせください。

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医師になって長い年月が過ぎました。いつかは良いドクターになりたいと思いつつ、いまだになれないままでいる気がします。いつまでも日々勉強で、いろいろな患者さんと出会って、いろいろなお産を診ながら、自分が今まで理解していることを少しずつ修正していっています。「もっと良い判断があったのではないか」などの後悔も含め、これまで経験したこと、患者さんたちに勉強させていただいたことを可能な限り多く治療やお産を診ることで返していきたいと思っています。できるだけ多くの命に出会って、ベテランとして的確なフィードバックをすること、これがこれからの私の役割だと考えています。

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