畑崎歯科医院

畑崎 清孝副院長

20180627 bana

南海高野線・浅香山駅から、関西大学・堺キャンパス沿いに徒歩で東へ約3分、閑静な住宅地の一画に「畑崎歯科医院」がある。1970年に開院したクリニックで、患者とのコミュニケーションを大切にした歯科治療を実践している。副院長の畑崎清孝先生がライフワークとして力を入れているのが、取り外しできる歯列矯正装置を使った床矯正(しょうきょうせい)。顎を広げて歯が並ぶスペースをつくるため、歯を抜かずに矯正治療ができる。装置を外して食事や歯磨きができ、費用が低く抑えられるのもメリットだという。畑崎副院長に、床矯正にかける思いやその特徴、地域に根差した歯科医院としての診療のこだわりなどについて話を聞いた。(取材日2018年6月14日)

総合病院でさまざまな患者との接し方を学ぶ

―こちらのクリニックは1970年の開業ですね。

物心ついた時には父が開業していたので、自分も歯科医師になると思って育ちました。小学校の卒業文集の「将来の夢」には、みんながプロ野球選手や宇宙飛行士と書いているのに、僕は歯医者と書いたくらいです。父は診療所に子どもは入れない主義だったので、働く姿を直接目にすることはありませんでしたが、白衣姿や地域の人から「先生」と慕われている様子を見て憧れを持っていました。中学、高校の時には当時人気の高かったプロレスにはまって、レスラーをめざそうと考えた時期もありますが、最終的には歯科医師を選びました。

―大学院では何を学ばれたのですか?

中学、高校とラグビーをやっていたのですが、その時の顧問の先生に勧められて口腔細菌学を専攻しました。やってみると面白く、大腸菌の毒素など口腔とは直接関係がない医科的な領域にまで間口を広げて研究しました。歯科の仕事は歯周病菌や虫歯菌といった細菌との戦いでもあるので、細菌のことを研究するのは歯科医師としてプラスになったと思っています。

―どのようなところで歯科医師としての経験を積まれたのですか?

大学院時代は、週に一度広島の総合病院で患者さんを診ていました。大学院では基礎研究を行っていたので、臨床の経験を積む必要があったからです。大学院修了後は、大阪市内の歯科医院に勤務しました。オフィス街の中心だったので、歯の健康に対して意識が高い方が多いクリニックでしたね。その歯科医院を退職する際に広島の総合病院に欠員が出たので、再び戻って本格的に治療を担当するようになりました。総合病院の歯科にもかかわらず一般的な歯科治療の比率が高く、当院で働くための下地をつくることができました。また、難症例の患者さんや歯科の受診に抵抗感を持っておられる患者さん、メンタルの部分で問題を抱えておられる患者さんも多く、さまざまな患者さんとどう接していくかなど学ぶところは多かったです。

―約10年間の経験の後、お父さまが開業した畑崎歯科医院で勤務を開始されました。

医院の患者さんを父と分担すると思っていたのですが、僕が診させてもらえるのは初診の患者さんばかりでした。当時、初診の患者さんが次々と来るような状態ではなく、1年間くらいは時間に余裕があったので、今なら歯科衛生士が担当しているケアもやりました。勤務医の時代、歯石取りなどは歯科衛生士に任せっぱなしだったので、自分で経験してみてよくわかるようになりましたね。当時は「どうして毎日歯石取りばかりしているのか……」と思いましたが、今では、いい経験だったと感じていますね。



Access
Access
Access
Access
Access
Access
Access
Access
Access
Access
Access
ドクターズ・ファイルをご活用いただく皆様へ
使い分けよう!「総合病院」と「クリニック」
Promotion landing
外出先でもドクターズ・ファイル
Qr doctor

ドクターズ・ファイルの情報をスマートフォン・携帯からチェック!スマートフォン版では、GPS位置情報を利用した最寄りの病院探しができます。

書籍「頼れるドクター」のご案内

ドクターズ・ファイル特別編集ムック「頼れるドクター」を一覧で紹介します。 →全ラインアップを見る

%e5%8d%83%e4%bb%a3%e7%94%b0 after
%e6%ad%a6%e8%94%b5%e9%87%8e after
%e5%b0%8f%e7%94%b0%e6%80%a5%e7%b7%9a after
関連コンテンツ
採用情報『ドクターズ・ファイル』では編集部スタッフを募集しております。 詳細